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まさかの強制下山

前回、クリアできないは、←をクリック。

かれこれ4日間もここで足止めを食らってる・・・。

行きたい。
先に進みたい。

血中酸素濃度が60%以上にならないと進ませてくれない・・・。

あと、たったの6%



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▲自分のSPO2も含めて数値がいいのを選んでもらう図(笑)


深呼吸を繰り返して数値を上げて


「行かせてっ♪」


って頼んだり。


161225 (8)
▲おれの自前は41%・・・裏切り者・・・(笑)




でもね、冗談はここまで・・・。

その後、こう言われた。



『タカ、よく聞いてくれ。

俺たちはいままでたくさんの登山者を送り出してきた。

データを見て、体調を見て、話を聞いて。

それでも毎年何人も死んでしまった・・・。

いつも考えるんだ。

何がだめだったのかって。

タカの気持ちはわかる。

でも、お前は数字ダメだと言ってるんだ。

あと2日滞在して、明後日きてくれ。』



PC281628.jpg



あと二日か・・・
みんなが下見登山やら荷上げ登山に出掛ける中、俺だけ何もできない。
食欲も戻らないし、どうなってるんや??

と思っていたら案の定な出来事が発生した。


メディカルチェックの朝

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▲寒い・・・

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▲浮腫みもひどい・・・

山頂は変わらず、強風なのが見てわかる。

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明らかに体調が悪い。。。


メディカルチェックに行き、いろいろ検査した結果、重度の高山病(肺浮腫)の疑いがあり、注射や点滴されて強制下山となりました。

しかも、ヘリで・・・。

171227 (2)

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基本的にかなりの重症でないとヘリでの下山はできないそうです。

みんな自力で降りるしかないそうですが、おれは急を要するらしく、ヘリで下山。

その後、その足で軍病院に搬送され高濃度酸素を吸って、生理食塩水2Lを一気に飲まされました。


個人的にはこの2Lが1番苦しかった(笑)


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と、あっけなく終わったアコンカグア。
来年、リベンジしてきます。

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▲元気なうちに撮ってた写真 その1

PC271621.jpg
▲元気なうちに撮ってた写真 その2




てか、聞いてぇ~!

メンドーサに戻ると、預けていた荷物がないと・・・


こんなことある?



あるのです(笑)



こんなこと(笑)





預かったのはよく覚えてるけど無くなったって・・・・



うんうん、こんなことよくあるのです(笑)



って、あるかい!!



おかげでポリスレポートもらう為に費やした時間4時間ですよ・・・
スペイン語なんか分からんし・・・



HOSTEL LAO 評価だけ高くてもこれだと意味ないですよね・・・


宿を変えたホテルの屋上からは遥か彼方にアコンカグア。


ホンマにデカかったなぁ~

ここ数日のことやのに、遠い昔のことみたい♬

思い出すと笑えてくる♬

あんなに苦しかったのにねっ(笑)




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レンタル用品返して、頼まれていた帽子をあげました。


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▲出発前から頼まれてました。

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▲俺の旗もプレゼント


来年は、壁に軌跡を残せるよう頑張ります。
この店には登頂した人が記録を記せる壁があるんです。



つぎこそはっ!




そうそう、出発前によく聞かれた



『山頂に立ったら何か変わってるかな?』



の答えですが、山頂に立ったら変わってるんぢゃなくて、



「何かに挑戦しようと思った時、すでに変わっている。」



やと思います。

これ、本当によく聞かれました。
きっとみんなも心のどこかで



何かやりたい!!



って思ってるんでしょうね♪
おれへの応援はみんなへの応援でもあります。

やっちゃいましょ♪

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さて、帰国後次の山の準備始めます。
引き続き応援よろしくお願いします。




登山以降の旅の内容は以下をクリックしてご覧ください。

ブエノスアイレスに到着は、←をクリック。

※かたやんの旅ログにジャンプします。


...





プロフィール

Author:かたやん
障がいを理由にあきらめたくない!元バイクレーサーが次に選んだ挑戦!

出身地:兵庫県
趣味:登山、スキューバダイビング、旅行、釣り
仕事:経理事務

19歳の時、バイク事故を起こし、10日間意識不明の重体になりました。
奇跡的に意識は取り戻しましたが、主治医からは「左上半身は二度と動かない、右下半身は完全には曲がらない」と絶望的。

毎日、否定的に生きる私を変えたのは、病院で出会った小学生でした。
その小学生から『現実を受け入れて、最善の方法を選んで今を生きる』ことを教えられ、過酷なリハビリを決意。

度重なる手術と過酷なリハビリ末、奇跡が起き、事故から3年後、障がい者となりながらもバイクレースに復活。
そして、レースに参戦すること7年。
『障がい者でも表彰台に立つ。カラー2ページで特集される』
この2つの夢を叶えて引退。

引退後、仲間と登った槍ヶ岳(日本No.5:3,180m)登頂をきっかけに登山を開始。
事故から21年、腰の骨を左腕に移植するなど手術した回数は29回にもなりました。(2016年現在)

登山は私にとって簡単なスポーツではありません。
しかし、私が限界に挑戦する姿が、壁を越えようとしている人(特に障がいを持っている子供たち)に希望を与えていると知ったから私の挑戦には”意味がある!”そう思って、いろいろなことに挑戦を続けています。

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