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18日目成功か失敗か

前回、”17日目サミットプッシュ”はここをクリック。


さすがに昨日の疲れが残っている。

寝袋から出ることが苦痛でやけど、早くここから下山したい!って頑張った(笑)

8時に下山を開始して、約6時間でABC(C1)に到着。
ITMCに向かう途中にある会社で宣言通り COKE 1L を飲んだんやけど、言葉を失くすくらい激うま!

でも、日焼けでくちびるがめちゃくちゃ荒れていて飲むたびに痛すぎる、、、。
荒れているって言葉はもはや合わない、、、。
血まみれで瘡蓋(かさぶた)ができてとにかく何をしても痛い、、、。


P8106270.jpg
▲これは下山後に撮った写真。ひどくない??


ITMCに到着した俺の姿を見て、20日近く一緒に過ごした仲間たちが集まってきた。


『タカ、どうだったの?山頂行けた?』


「山頂に行けたよ!でも、往復19時間、、、。」


『えっ!19時間??』


って、そりゃそういう反応でしょう(笑)
自分でもびっくりしましたから!

暑くて服を脱いで登ったことなども話すと、


『あの標高で19時間でしょ?タカはタフね!ヒーローよ!』


って、みんながちやほやしてくれるので、


”そ、そうか??おれヒーローか??”


って思ってニヤニヤしてたんやけど、前日、日本人の1人が両足指の凍傷で運ばれたことを聞いた。
ほかの登山者が撮った写真を見たけど、水膨れができて鬱血して黒くなっていた。
凍傷レベル1~2と思った。

凍傷を見て、ある登山家が言っていた言葉を思い出した。


『登山技術、装備、全てがひと昔前と比べ物にならないくらい進歩している。そんな中、凍傷になるのはたとえ挑戦に成功していても、それは失敗に等しい。』


おれもその通りと思っている。


おれは山頂に立てた。
個人的には勝算があったけど、手段にはリスクしかなかった。


クーヒ・ガルモの情報を探すと大抵
”頂上ま􏰁􏰅稜線も同様􏰃技術的􏰃困難􏰂場所􏰀􏰂いが、体力􏰄 天気・風が成功􏰅可否を握る。午後􏰃雲がわきやすく􏰂る􏰅􏰀もちろん、晴天時􏰁も朝方(7 時 前後)􏰃􏰀 30m/s を越える強風が吹い􏰆前進困難􏰃陥るこ􏰄も珍しく􏰂ない”
と紹介されている通り、一歩間違えれば凍傷どころか命を落としていた。
オーバースペックも装備計画の失敗。


おれの挑戦は成功か失敗か?


ずっと心に引っかかってる。
当初の計画より数日遅れたとは言え、まだ予備日が1週間程度あるし、燃料、食料も十分ある。
”やり直そう!”そう思った。

やり直すなら同じルートは面白くないから違うルートにしよう。
そういえば、日本人が東側のあるルートから登った記録がないって言っていたからそのルートにしようか。

とにかく猪熊さん(ヤマテン)に連絡して今後の天候を聞いて計画を組みなおそう。


そう思っていた。


18時(日本時間21時)、衛星電話で猪熊さんに電話した。
帰国などの旅程から15日には完全下山することを伝えて天気予報を聞いたところ、


『12日から低気圧が来るので天気は悪くなります。特に注意してほしいのは風です。14日をピークに強風が吹くので11日までに山頂に行ける計画がいいです。』


この予報を聞いて俺の挑戦が終わった。
明日10日に登って、11日に山頂に立って下山することは現実的ではないし、無茶な計画こそ失敗に等しいって思った。

でも、再挑戦できないと分かっても悔しくなかった。
むしろ、”もう登らなくてもいいんや”って、ほっとした。
情けない、、、。

情けないなぁと思いながらも、下山の準備を始めてた、、、。

弱いよな、、、。


P8090114.jpg
▲下山後、スポンサーシールを貼らせてくれた。


P8090116.jpg
▲一番目立つところ♪


P8090113.jpg
▲スローバーは荷揚げポーターでどこでも半袖半パン(笑) C3(6,100m)でもすぐに来てくれる。あだ名はスノーマン。


次回、”19日目完全下山”はここをクリック。


...
プロフィール

かたやん

Author:かたやん
障がいを理由にあきらめたくない!元バイクレーサーが次に選んだ挑戦!

出身地:兵庫県
趣味:登山、スキューバダイビング、旅行、釣り
仕事:経理事務

19歳の時、バイク事故を起こし、10日間意識不明の重体になりました。
奇跡的に意識は取り戻しましたが、主治医からは「左上半身は二度と動かない、右下半身は完全には曲がらない」と絶望的。

毎日、否定的に生きる私を変えたのは、病院で出会った小学生でした。
その小学生から『現実を受け入れて、最善の方法を選んで今を生きる』ことを教えられ、過酷なリハビリを決意。

度重なる手術と過酷なリハビリ末、奇跡が起き、事故から3年後、障がい者となりながらもバイクレースに復活。
そして、レースに参戦すること7年。
『障がい者でも表彰台に立つ。カラー2ページで特集される』
この2つの夢を叶えて引退。

引退後、仲間と登った槍ヶ岳(日本No.5:3,180m)登頂をきっかけに登山を開始。
事故から21年、腰の骨を左腕に移植するなど手術した回数は29回にもなりました。(2016年現在)

登山は私にとって簡単なスポーツではありません。
しかし、私が限界に挑戦する姿が、壁を越えようとしている人(特に障がいを持っている子供たち)に希望を与えていると知ったから私の挑戦には”意味がある!”そう思って、いろいろなことに挑戦を続けています。

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