2015 鈴鹿8時間耐久レース 決勝

※10年近くレースを離れていたこともあり、システムの呼び方など間違っている可能性があります。
また、レースの状況は合間を見て取っていたメモを見て書いているので実際のレース展開と違っている可能性がありますが、こんな出来事があったんだなぁ~って、軽い気持ちで読み流してください(笑)



8耐決勝当日
前日の様子はここをクリック


6時にサーキット入りしたけど、既に気温は34度、路面温度54度。
少し動いただけで汗が吹き出します(@_@;)

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朝のピットウォークでは、前夜祭に続きカッチカチに凍らせた保冷剤を配りました。
朝から猛暑なので、観客の皆さんにはスルーされることなく、喜ばれる品物で配るのがめちゃくちゃ楽しい(´艸`*)


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あっ!と言う間に配布終了です(笑)

そしてウチのレースクイーンと身内撮影(´艸`*)

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そうこうしているとあっという間にコースインの時間。
みんなで写真撮って、

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▲カメラマン:田邊勝紀氏提供

送り出しました。

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おれの役目は、最前線でサインボードを出す係。

バイクレースでは無線の使用が禁止されています。
なので、ライダーに対してピットインまでの残り周回数、後続車との差、監督の指示を伝達したり、ライダーからのサインを受けてピットや監督に伝えることが役目です。

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サーキットを2分15秒で周回してくるライダーに対して毎回サインを送ります。

サインを送る側は、300km/hで走り抜けるライダーに対して見やすいように工夫することも大切です。
ボードに太陽が当たって見難くないか、ライダーが目線を動かすだけで見れる位置や角度で出しているかなど。

人それぞれ感じ方が違うところですが、レースと同じ時間サインを送り続ける必要があるので体力も必要だと思います。
と、偉そうに言っているけど、ただサインを出してるだけでした(´艸`*)(笑)

気が付けばスタートの30分前。

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▲カメラマン:田邊勝紀氏提供

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無事、完走できることを祈ります。


スタートはル・マン式スタートです。
コースに並べられたバイクの反対側にライダーが整列し、スタートと同時にバイクに駆け寄り走り出す方法です。

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予定通りスタート。



ワークスチームがものすごい速さで目の前を駆け抜けていきます。

スタートフラッグを振った後のキアヌリーブスが横を通って行きました。

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▲カメラマン:田邊勝紀氏提供

LAP4、別チームで参戦していた仲間のチームが転倒していました。

LAP15周頃にはTOP集団と周回遅れが混戦しだしました。

ウチのチームは予定通り20周でピットイン。

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ライダー交替、タイヤ交換、給油を済ませコースに戻って行きました。


プールで体を冷ましている仲間に

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「サインどう?」って聞いたら、

「めっちゃ見やすい」
と言ってくれたあのひとこと。

めちゃくちゃうれしかったです(´艸`*)


一方、
ヨシムラ、HARC-PRO、ヤマハがTOP争いを繰り広げ、ヨシムラとHARC-PROが25周にピットイン。
しかし、ヤマハの新型R1は燃費性能が格段に勝っており、まさかの+3でピットインという展開。

そうこうしていると、ウチのチームはライダー交替後、4週目?でスリップダウン転倒。
ピットに帰ってきました。

ピットであわただしく修復していた時、HARC-PRO (ライダー:ストーナー)が立体交差を抜けたヘアピン前でコースアウトっ!!



激しくクラッシュし、HARC-PRO の3連覇への挑戦は早々に途絶えました。。。。

今年の8耐は特にクラッシュが多く、セーフティーカーが導入されている気がします。
いろいろなチームで転倒、リタイヤが相次ぐ中、ウチのチームは、順調?にレースを進めていました。

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▲おにぎりを食べながら・・・(笑)

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▲一緒に走っていた仲間との懐かしい再開もたまらん(´艸`*)

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20周、12周、20周、12周と順調にライダー交替を行いながらレースを進めて行ったけど、このままでは終わらない・・・。

まさかのインジェクション※トラブルでピットイン。。。
※いまはキャブレターってないんですね

スタッフが一丸となって修復しコースに送り出すも、マシンの調子が悪くピットに戻ってくるという・・・。

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レースも残すところ1時間半!!
やっと調子が戻ってきたのに、ここで新たな問題がっ!!

8耐には規定周回数なるものがあります。
1位のチームが走った周回数の75%の周回を満たしていないと完走となりません。

転倒やトラブルが原因でピット作業に時間を要した為、このまま予定周回でピットインさせレースを進めた場合、規定周回数に満たない可能性があるんです。



この時、俺が出していたサインは

「残り13周でピットインしろ!」

でした。




ところが、監督から届いた指示は



「ロングランにさせるっ!」

「ピットには入れない!残り22周に増やせっ!」
と・・・。

わかりますか??
8月の灼熱の中、交替しながらとはいえ7時間も走り続けているライダーにとって、レース終盤の疲労は想像を絶するんです。
まして、予選で転倒したダメージも残ってる…

”残り13周でピットインして、ライダー交替して体を冷まして次に備える。”

なんて考えはほどんどなくて、

”とにかくピットに戻って休みたい!”が本音なんです。

そんな中、ピットインまでの周回数が+10周となったサインを見た時の精神的ダメージを考えたら・・・。

辛さが分かるだけにサインを出すことを躊躇いました・・・。

しかし、監督は指示は絶対・・・。

”83  L-22” (83番 残LAP22周でピットイン)
 ・
 ・ 
 ・
”83  L-10”
 ・
 ・ 
 ・


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▲サインを出しながら無意識に”負けんな~~っ!!”って叫んでました(笑)

”83  L-2”


”83  P”

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帰ってきた仲間と顔を合わせた瞬間、

「なんでもっと早く(ピットに)戻らせてくれんかったん?」

と、言われたときはつらかったです。
20年来の付き合いで辛さがわかるからこそ、身に染みた言葉でしたね。


レースは残り30分を切ってます。
このまま、レースを進めれば完走です。

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ところがっ!!

すんなりと終われないのがおもしろくもありつらいところ。
予選からの転倒が影響していたのか、シフトレバーが折れて急遽ピットに戻ってきたんです。


このままだとTOPは周回を重ねていくため、規定周回数のマージンがなくなってしまう!!

仲間がロングランで守ったマージンが1周、1周と減っていく。

わかりますか?
この時の居ても立っても居られない気持ち・・・。

しかし、運を味方につけている我がチーム!!
関係者のみなさんには不謹慎な言葉で申し訳ないですが、またまたセーフティーカーが導入され救われました。

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セーフティカーのペースで周回する必要があるため、マージンの減り方が抑えられます。

今のうちに修復してコースに戻したい!!

残り時間は20分・・・
残り時間は15分・・・

なんとかセーフティーカーが入っている間に修復を終え送り出しました。


レース終了まで残り



10秒・・・9・・・8・・・7・・・6・・・



8時間のレースが終了し、TOPは204周。

規定は153周。






ウチのチーム?






155周!! (´艸`*)

真夏の鈴鹿にひとつの奇跡が起きた瞬間っ!




みごと完走を果たすことが出来ました。

いや~~~永かった!!

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久々に参加してこんなに興奮させてもらえるなんて思っていませんでした。

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レース後は、チーム全員で晩ご飯食べて、飲んで(笑)
労をねぎらい

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▲戦い終えたマシン


永い永い永い一日が終わりました。

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マシンの不調に翻弄されながらも対処し続けたクルー

最後まであきらめず挑み走り続けたライダー

お茶と癒しをサインエリアまで届けてくれた女子スタッフ

チーム全員のご飯やお茶を作り続けてくれた女子スタッフ

サーキットを走り回って写真を撮ってくれたカメラマン

ライダーの疲れを揉みほぐしたマッサージスタッフ

タイヤを運び続けてくれたクルー


レースを離れて約7年、勝手も変わり、力にもなれない・・・

そんな俺を快く受け入れてくれたチーム全員に感謝してます。



刺激と感動と癒しを与えてくれて、
ありがとうございました!!


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▲カメラマン:田邊勝紀氏提供

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▲カメラマン:田邊勝紀氏提供

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▲カメラマン:田邊勝紀氏提供










プロフィール

かたやん

Author:かたやん
障がいを理由にあきらめたくない!元バイクレーサーが次に選んだ挑戦!

出身地:兵庫県
趣味:登山、スキューバダイビング、旅行、釣り
仕事:経理事務

19歳の時、バイク事故を起こし、10日間意識不明の重体になりました。
奇跡的に意識は取り戻しましたが、主治医からは「左上半身は二度と動かない、右下半身は完全には曲がらない」と絶望的。

毎日、否定的に生きる私を変えたのは、病院で出会った小学生でした。
その小学生から『現実を受け入れて、最善の方法を選んで今を生きる』ことを教えられ、過酷なリハビリを決意。

度重なる手術と過酷なリハビリ末、奇跡が起き、事故から3年後、障がい者となりながらもバイクレースに復活。
そして、レースに参戦すること7年。
『障がい者でも表彰台に立つ。カラー2ページで特集される』
この2つの夢を叶えて引退。

引退後、仲間と登った槍ヶ岳(日本No.5:3,180m)登頂をきっかけに登山を開始。
事故から21年、腰の骨を左腕に移植するなど手術した回数は29回にもなりました。(2016年現在)

登山は私にとって簡単なスポーツではありません。
しかし、私が限界に挑戦する姿が、壁を越えようとしている人(特に障がいを持っている子供たち)に希望を与えていると知ったから私の挑戦には”意味がある!”そう思って、いろいろなことに挑戦を続けています。

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