鳥目線のモッチョム岳

屋久島4回目の旅はいつもと違って飛行機を利用してみました。
神戸空港からスカイマークでひとっとび!

さて,いつも通り宮之浦港へ到着し,恒例となったヒュッテ・フォー・マサンヒロへ直行。
ヒュッテは屋久島の隠れ宿で3部屋しかない宿です。
ヒュッテ・フォー・マサンヒロはこちら

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翌日は,縄文杉チームと,モッチョム岳チームに分かれて行動しました。

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とにかく朝からすごい雨。
実は,私は前日まで入院していて退院翌日にこの屋久島に来ました。

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登りだして3時間,若干雨が弱くなってきたと思ったら,目指すモッチョム岳がみえました。

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さっきまでの雨で岩肌から水が噴き出てます。

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そして,この眺め!!どうですか??

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すごいでしょ??十分堪能して下山。帰りは”千尋の滝”を見て,

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毎回恒例の”やしま”で夕食。

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プロフィール

かたやん

Author:かたやん
障がいを理由にあきらめたくない!元バイクレーサーが次に選んだ挑戦!

出身地:兵庫県
趣味:登山、スキューバダイビング、旅行、釣り
仕事:経理事務

19歳の時、バイク事故を起こし、10日間意識不明の重体になりました。
奇跡的に意識は取り戻しましたが、主治医からは「左上半身は二度と動かない、右下半身は完全には曲がらない」と絶望的。

毎日、否定的に生きる私を変えたのは、病院で出会った小学生でした。
その小学生から『現実を受け入れて、最善の方法を選んで今を生きる』ことを教えられ、過酷なリハビリを決意。

度重なる手術と過酷なリハビリ末、奇跡が起き、事故から3年後、障がい者となりながらもバイクレースに復活。
そして、レースに参戦すること7年。
『障がい者でも表彰台に立つ。カラー2ページで特集される』
この2つの夢を叶えて引退。

引退後、仲間と登った槍ヶ岳(日本No.5:3,180m)登頂をきっかけに登山を開始。
事故から21年、腰の骨を左腕に移植するなど手術した回数は29回にもなりました。(2016年現在)

登山は私にとって簡単なスポーツではありません。
しかし、私が限界に挑戦する姿が、壁を越えようとしている人(特に障がいを持っている子供たち)に希望を与えていると知ったから私の挑戦には”意味がある!”そう思って、いろいろなことに挑戦を続けています。

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