92:大山(elev.1,729m)

5時発で鳥取県の大山に向けて出発。
2時間くらいで麓に到着しました。

「伝説的に言えば、大山はわが国で最も古い山の一つである。いにしえから大山は高くそびえ、人々がそれを仰ぎ尊んできたことに間違いはない。大山がそれ以上に私を感歎させたのは、その頂上のみごとな崩壊ぶりであった。中国地方には目立った山が少ない。その中で大山が図抜けて高く、秀麗な容を持っている。(日本百名山:深田久弥)」

かたやんの愉快な日々


天気は下り坂の予報なので,早速登山開始。
夏山登山口からスタート。

かたやんの愉快な日々


徐々に紅葉している風景を見ながらいいペースで登ります。

かたやんの愉快な日々

西から見る山の形は富士山に似ています。

かたやんの愉快な日々

この山は年間900万人が訪れ、その2/3が高齢者だそうです。
実際この日もたくさんの方が訪れていました。

かたやんの愉快な日々



登り始めて約2時間で山頂に到着。

かたやんの愉快な日々

一般的に大山とは,「中国地方の最高峰剣が峰(1,729m)のこと。夏山登山口から1,710mピークである実質上の山頂弥山にある山頂小屋付近までは登山可能ですが,そこから三等三角点地点や最高点の剣ヶ峰方面へは,稜線が両サイドとも崩落しており縦走は禁止されています。」
しかし,本来の大山である”剣が峰”に行きたいので,兼ちゃんとさらに先へと進みました。


道は険しく,強風が吹いて恐怖心を煽られます。

かたやんの愉快な日々

まずは,問題なく三等三角点まで来ました。ここまでは余裕です。

かたやんの愉快な日々

画像ではわかりにくいと思うけど,足元の稜線幅は狭いところでは10cm程度です。

かたやんの愉快な日々

剣が峰の山頂に行くまでに難関が2つあるのですが,崩れた稜線と軟な登り。
俺たちはここで引き返しました。
なにしろ,稜線が岩ではないので崩れやすいんです。


かたやんの愉快な日々

引き返してすぐに別のパーティとすれ違いました。
はたして彼らは第一の難関を越えるのか??

かたやんの愉快な日々

って,すんなり越えていきました。(汗

かたやんの愉快な日々

でも,第二の難関であえなく断念。引き返してきました。
第一をすんなり通った強者も第二で引き返すとはよほど危険なのでしょう!

向こう側のルートから来た登山者も立ち往生。


かたやんの愉快な日々

で,実質山頂の弥山に戻り,浦ちゃんと合流し山小屋で昼ご飯です。
さて,これはなんでしょうか?
これは先日関東に住んでいる仲間からもらった誕生日プレゼント。

かたやんの愉快な日々

あたたかいラーメンをおいしく食べて,

かたやんの愉快な日々

駄菓子を食べようと,ピザを煉るけど,気温が低くて煉れません。

かたやんの愉快な日々

ねるねるも泡立ちが少ないです。

かたやんの愉快な日々

でも,それも楽しみながら休憩して,山頂の写真を撮ろうと順番に並びました。
さていよいよ,俺たちの番です。。。。が,横から入るわ,カメラの前を横切る
わ,とにかくマナーが悪すぎます。
富士山最高地点のマナーの良さを教えたいくらい!!

かたやんの愉快な日々

さて,天気が悪くなる前に下山開始。登山道が狭くて大渋滞です。
すれ違うのも大変ですが,何とか予定時間で下山完了。

帰りにB級グルメで優勝したという「蒜山焼きそば」を食べて帰りました。
ちなみに選んだお店は,食べログで1位の悠悠さんです。

かたやんの愉快な日々

味も見た目も普通です。
個人的には鶏肉よりもホルモンの方がいいと思うし,ソースももっと絡めた方がお
いしいと思いました。

かたやんの愉快な日々

こんな感じで終了です。

関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

かたやん

Author:かたやん
障がいを理由にあきらめたくない!元バイクレーサーが次に選んだ挑戦!

出身地:兵庫県
趣味:登山、スキューバダイビング、旅行、釣り
仕事:経理事務

19歳の時、バイク事故を起こし、10日間意識不明の重体になりました。
奇跡的に意識は取り戻しましたが、主治医からは「左上半身は二度と動かない、右下半身は完全には曲がらない」と絶望的。

毎日、否定的に生きる私を変えたのは、病院で出会った小学生でした。
その小学生から『現実を受け入れて、最善の方法を選んで今を生きる』ことを教えられ、過酷なリハビリを決意。

度重なる手術と過酷なリハビリ末、奇跡が起き、事故から3年後、障がい者となりながらもバイクレースに復活。
そして、レースに参戦すること7年。
『障がい者でも表彰台に立つ。カラー2ページで特集される』
この2つの夢を叶えて引退。

引退後、仲間と登った槍ヶ岳(日本No.5:3,180m)登頂をきっかけに登山を開始。
事故から21年、腰の骨を左腕に移植するなど手術した回数は29回にもなりました。(2016年現在)

登山は私にとって簡単なスポーツではありません。
しかし、私が限界に挑戦する姿が、壁を越えようとしている人(特に障がいを持っている子供たち)に希望を与えていると知ったから私の挑戦には”意味がある!”そう思って、いろいろなことに挑戦を続けています。

====

最新記事
最新コメント
カテゴリ
応援ページ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文: