FC2ブログ

プンタ・デュフール(4,634m)登頂

前回、”モンテ・ローザ山域”はここをクリック。


深夜2時に起床、2時半からご飯です。
因みに、宿泊客には2種類居て、俺たちみたいに山岳挑戦する人たちと、単に氷河トレイルやモンテ・ローザ小屋で泊まることを目的とした人たち。
この種類分けで部屋も分けられるし、朝ごはんの時間も2時半と7時に分けられます。


マッターホルンみたいに競争のように出発しません。
この日、サミットプッシュしたのは5組くらいでしょうか??

みんなそれぞれのペースで山小屋を後にしました。


180820 (2)
▲ブライトホルン越しの光なんやろ?雷かな?


180820 (3)
▲流れ星(上)ゲット! 下は飛行機。


出発して2時間、夜が明けてきました。


180820 (4)
▲マッターホルンが目線の高さに。


登っても登っても全く進んでいないような感覚ですが、一応進んでいるようです(笑)


180820 (5)
▲雪質は絞まっているので歩きやすいです。


いまいちルートが分からなかったので、先行パーティに付いていったのですが、どうやらブログなどで見る縦走ルート(反時計回り)でした。


180820 (6)
▲右から左に巻いて上部稜線に上がります。


180820 (7)
▲上部コルで休憩。シャモニー・モン・ブラン(フランス)まで一望できました。


コルで行動食を食べて、○して本格的にサミットプッシュ開始です。


180820 (8)
▲写真ではわかりにくいけど、上下しながら稜線を進んでいきます。


イタリアとスイスの国境沿いに岩稜帯の尾根を進んでいきます。

両サイドはキレ落ちていて落ちたくないけれど、落ちるならスイス側がいいです。
救助保険に加入しているからスイス側希望っっす!


180820 (11)
▲いいルートです♬


180820 (9)
▲見た目より急で緊張する場所でした。


ま、スイス側と言っても500m以上滑落して、最後はクレバスが大きな口を開けているのでただでは済まないけど、、、


岩稜帯は弱点突いて登るのですが、岩の角にロープを掛けて支点を取るヨーロッパ式なので、スピードは速いけど、不安でめちゃくちゃ怖いです。


180820 (10)
▲あと2つピークを超えると最高峰です。人が見えます。
人が写っている方が大きさわかっていいですね。


コルから約2時間、


180820 (12)


180820 (13)


180820 (14)


180820 (15)


プンタ・デュフール(4,634m)っ!!

登頂!!



180820 (17)


180820 (18)


予報通り、天候も晴っ!
しかし、思うのですが、ある人のブログでは3時にサミットプッシュを開始して11時にはモンテ・ローザ小屋に帰っていたと。


ホンマかっ??


それめちゃくちゃ早いのか、おれたちがめちゃくちゃ遅いのか、どっかショートカット出来るのか分からんけど、俺たちが山頂着いた頃は昼過ぎてましたからね。

モンテ・ローザ小屋から、プンタ・デュフール山頂までの標高差は、2,000m
これがなかなか大変なのですが、とりあえず、まずは1つクリアー♬
この勢いで、アイガーとメンヒ(バリエーションルート)も達成したいです。


帰りは、山頂を少し進んだところから懸垂下降5回で抜けました。


180820 (20)


180820 (21)
▲見た目より高さがある楽しい懸垂下降でした。


そして、帰りは大変でした。
真っ暗な中、登ってきた感覚で下山するとルートを大きく外れて自分たちがどこにいるのか分からなくなって時間ロス。


結果、17時間行動という自己記録を更新です。
でも、行動時間が増えると危険が増すので、こんなことでは叱られますね。
今後のいい経験になりました。



次回、”かたやん、きつねに騙される!”はここをクリック。


...
関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

かたやん

Author:かたやん
障がいを理由にあきらめたくない!元バイクレーサーが次に選んだ挑戦!

出身地:兵庫県
趣味:登山、スキューバダイビング、旅行、釣り
仕事:経理事務

19歳の時、バイク事故を起こし、10日間意識不明の重体になりました。
奇跡的に意識は取り戻しましたが、主治医からは「左上半身は二度と動かない、右下半身は完全には曲がらない」と絶望的。

毎日、否定的に生きる私を変えたのは、病院で出会った小学生でした。
その小学生から『現実を受け入れて、最善の方法を選んで今を生きる』ことを教えられ、過酷なリハビリを決意。

度重なる手術と過酷なリハビリ末、奇跡が起き、事故から3年後、障がい者となりながらもバイクレースに復活。
そして、レースに参戦すること7年。
『障がい者でも表彰台に立つ。カラー2ページで特集される』
この2つの夢を叶えて引退。

引退後、仲間と登った槍ヶ岳(日本No.5:3,180m)登頂をきっかけに登山を開始。
事故から21年、腰の骨を左腕に移植するなど手術した回数は29回にもなりました。(2016年現在)

登山は私にとって簡単なスポーツではありません。
しかし、私が限界に挑戦する姿が、壁を越えようとしている人(特に障がいを持っている子供たち)に希望を与えていると知ったから私の挑戦には”意味がある!”そう思って、いろいろなことに挑戦を続けています。

====

最新記事
最新コメント
カテゴリ
応援ページ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。