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涙の撤退

前回、”やっと拝めたマッターホルン”はここをクリック。


朝3時起床で準備を開始。
周りもみんな準備を開始している。
昨日よりも更に身体が軽くなっている。


行けるっ!


4時、一斉に朝ごはんを食べる。
で、4時20分、ガイド付きから一斉スタート。
本当に競争のように一斉に(笑)

とはいっても、昨日見に行った取付きで渋滞して詰まるので、結果そんなに早く行く必要はないけど、、、

取付きで、20~30分渋滞(順番待ち)して登攀開始。


順次、取付き進むものの、先行の動きが遅いとか、先行の先行がルート見失ったって場合、道に迷います。
とにかく、踏み跡が多くてどれが正しいルートか分からず、登っては降り、進んでは戻るの繰り返しで時間だけがドンドン過ぎていきました。



IMG_3588.jpg
▲ガイドレス日本人のグループから頂いた写真

登りだして2時間くらいかな?
夜が明けて来て、ソルベイ小屋(4,003m)が見えた。

でも、身体がおかしい、すでに腕も足もパンプしてる。

とにかく、ソルベイ小屋まで!と、登ったけど、ソルベイ小屋まで4時間半も掛かってしまった。

俺たちがソルベイ小屋に着いた頃、ガイド付きの登山者たちが降りて来ました。
さすがにガイド付きは、ルートを迷わないし、ロワーダウンで降りるし、すべての処理が早い。


ソルベイ小屋から上へ登ろうとしても、ガイドが垂らしたロープが上からたくさん落ちて来て登れない。
スキをついてガツガツ登らないと容赦なく客を降ろしてくるガイドの押しに負けちゃいます。


そんなこんなでソルベイ小屋上部約30mくらい登ったところでやっと山頂を捉えたっ!

この時点でスタートから5時間が経過。

いつもの俺なら山頂までどうってことない距離。
でも、今日見た山頂はとてもとても遠く感じた、、、

手にチカラが入らない、、、

足にも、、、

おかしい、、、



そのタイミングで仲間が言ったんです。



『もう見えてますよっ!あと少しっすね!』


返事が返せなかった、、、



いまの俺には山頂がとても遠くて手が届かない。

騙し騙し登ったら山頂にはたどり着ける自信があった。

でも、帰りの体力や下山に掛かる時間などを考えるとこれ以上進むのは正しい判断じゃない、、、




困った、、、




意を決して、仲間に伝えた。




「帰ろう。これ以上進めない・・・」




この一言を伝えることがどれほど苦しかったか、、、

身体の辛さよりも辛かった、、、

単身の挑戦ならこの辛さが無い分どれほど楽だったかと思い知った、、、


国内でともに調整して、ガイドレスでマッターホルン登頂を目指してきたからこそ、この言葉を伝える時が一番苦しかった、、、



涙が流れた・・・



おととしのアコンカグア撤退時は、血中酸素濃度41%で立っている気力、進む気力すら無く運ばれたけど今回は違った。

気持ちは前に進みたいのに身体が付いてこない、、、



最高地点(ソルベイ小屋の標高から推定):4,037m


IMG_3759.jpg
▲最高地点。うしろはマッターホルン山頂。

スイス連続登山はこの時点で失敗が確定した。

スイス山岳ガイドがこう言っていた。
『マッターホルンでは毎年数人亡くなっている。人は山頂に辿り着けなかった時、失敗したと言うけどそうではない。本当の失敗は命を落とすこと、家に辿り着けない事だ』

気持ちではそうだなと解っていても、本心は??って聞かれるとそう簡単に整理できることじゃない・・・



下山途中、カーシャたちに出会った。
彼女たちはルートをミスって時間を食って早々に登頂を断念したらしい。


IMG_3662.jpg
▲カーシャが撮ってくれた写真。


IMG_3661.jpg
▲こんな崖を標高で1,000m程登り続けます。




その日の内にツェルマットまで戻り悔しさの中、眠った。


次回、”休息日”はここをクリック。


...
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プロフィール

かたやん

Author:かたやん
障がいを理由にあきらめたくない!元バイクレーサーが次に選んだ挑戦!

出身地:兵庫県
趣味:登山、スキューバダイビング、旅行、釣り
仕事:経理事務

19歳の時、バイク事故を起こし、10日間意識不明の重体になりました。
奇跡的に意識は取り戻しましたが、主治医からは「左上半身は二度と動かない、右下半身は完全には曲がらない」と絶望的。

毎日、否定的に生きる私を変えたのは、病院で出会った小学生でした。
その小学生から『現実を受け入れて、最善の方法を選んで今を生きる』ことを教えられ、過酷なリハビリを決意。

度重なる手術と過酷なリハビリ末、奇跡が起き、事故から3年後、障がい者となりながらもバイクレースに復活。
そして、レースに参戦すること7年。
『障がい者でも表彰台に立つ。カラー2ページで特集される』
この2つの夢を叶えて引退。

引退後、仲間と登った槍ヶ岳(日本No.5:3,180m)登頂をきっかけに登山を開始。
事故から21年、腰の骨を左腕に移植するなど手術した回数は29回にもなりました。(2016年現在)

登山は私にとって簡単なスポーツではありません。
しかし、私が限界に挑戦する姿が、壁を越えようとしている人(特に障がいを持っている子供たち)に希望を与えていると知ったから私の挑戦には”意味がある!”そう思って、いろいろなことに挑戦を続けています。

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