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【新聞掲載記事】 南米最高峰を単身登頂 (神戸新聞:2018.1掲載)

前回記事、欧州最高峰を単独登頂は、←をクリック。


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以下、原文です。
 交通事故で意識不明の重体となり、左腕に後遺症がある兵庫県姫路市の男性が昨年12月、南米最高峰のアルゼンチン・アコンカグア(6960メートル)に単身で登頂を果たした。一昨年の初挑戦は失敗だったが、南米や欧州の5千メートル級登山で経験を積み、リベンジを果たした。「何度も諦めかけたが、挑戦する大切さを伝えたかった」と感慨深げに語った。(金 旻革)


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 同市書写の会社員、片山貴信さん(43)。23年前、たつの市でバイクを走行中に転倒し、約10日間意識不明となった。骨折した左腕と肘は「二度と動かない」と宣告されたが、リハビリと手術を重ね、15年かけて日常生活が送れるまでに回復。「無理と決めつけず、プラスになる道を歩もう」と3年前に登山を始めた。

 アコンカグアに初挑戦したのは2016年12月。高山病対策が不十分で血中酸素濃度が低下し、断念した。再挑戦を誓い、昨夏に欧州最高峰のロシア・エルブルス山(5642メートル)を登頂し、自信をつけた。

 今回はキャンプ地(約3400メートル)から最終キャンプ地(約5900メートル)まで1週間かけて登り、体を慣らしていった。血の巡りをよくするため、水分補給をこまめにした。

 昨年12月29日午前0時に登頂を決行。山頂へは氷河が続くルートを選んだ。45~60度の傾斜に加え、歩きにくい雪質が行く手を阻んだ。骨盤の骨を腕に移植した影響で、長時間の歩行は厳しく、700メートルを登るのに5時間かかった。

 「続けるのはリスクしかなかった。でも、ここまで来て諦められなかった」

 頂上まで残り数百メートルだったが、氷河からいったん降り、翌日に雪のないルートで再アタック。雪が砂のようで1歩進むと5歩分滑る。空気が薄く、息切れも激しい。10歩進んでは3~4分の休憩を取り、約9時間半後に山頂に立った。

 周囲の山々を見下ろす頂で、涙があふれた。「前回の失敗や出国直前のけがもあり、不安でいっぱいだった。諦めなくて本当に良かった」。最終目標は北米最高峰のデナリ山(6190メートル)で、2025年の登頂を見据え、挑戦の日々が始まった。


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プロフィール

かたやん

Author:かたやん
障がいを理由にあきらめたくない!元バイクレーサーが次に選んだ挑戦!

出身地:兵庫県
趣味:登山、スキューバダイビング、旅行、釣り
仕事:経理事務

19歳の時、バイク事故を起こし、10日間意識不明の重体になりました。
奇跡的に意識は取り戻しましたが、主治医からは「左上半身は二度と動かない、右下半身は完全には曲がらない」と絶望的。

毎日、否定的に生きる私を変えたのは、病院で出会った小学生でした。
その小学生から『現実を受け入れて、最善の方法を選んで今を生きる』ことを教えられ、過酷なリハビリを決意。

度重なる手術と過酷なリハビリ末、奇跡が起き、事故から3年後、障がい者となりながらもバイクレースに復活。
そして、レースに参戦すること7年。
『障がい者でも表彰台に立つ。カラー2ページで特集される』
この2つの夢を叶えて引退。

引退後、仲間と登った槍ヶ岳(日本No.5:3,180m)登頂をきっかけに登山を開始。
事故から21年、腰の骨を左腕に移植するなど手術した回数は29回にもなりました。(2016年現在)

登山は私にとって簡単なスポーツではありません。
しかし、私が限界に挑戦する姿が、壁を越えようとしている人(特に障がいを持っている子供たち)に希望を与えていると知ったから私の挑戦には”意味がある!”そう思って、いろいろなことに挑戦を続けています。

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