【新聞掲載記事】 欧州最高峰を単独登頂

前回、欧州最高峰に挑むは、←をクリック。



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以下、原文です。

 交通事故で意識不明となり、左腕に後遺症がある兵庫県姫路市書写の会社員、片山貴信さん(42)が7月下旬、欧州最高峰のロシア・エルブルス山(5642メートル)の単独登頂に成功した。
海外登山では5千メートル級の山を2度登頂したことがあるが、昨冬に挑んだ南米最高峰は失敗。
経験を糧に入念な準備を重ね、挑戦を結実させた。
片山さんは「諦めなければできると改めて実感した」とかみしめるように語った。(金 旻革)


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 片山さんは約23年前、バイクの事故で約10日間意識不明に陥った。
医者には「骨折した左腕と肘は二度と動かない」と宣告を受けたが、リハビリを重ね日常生活が送れるまで回復した。

 諦めない気持ちを体現しようと2年前、海外登山を始めた。
南米エクアドルで単独登頂を2度果たし昨年12月、アルゼンチンのアコンカグア(6960メートル)に向かったが、体調不良で現地の医師から下山を命じられて断念した。

 挑戦を許されず、悔しさだけが募った。
「このままでは終われない」。
再挑戦するステップに選んだのが、エルブルス山だった。

 今年7月15日、ロシア入りし、麓の村に到着後、入念に高度順応に取り組んだ。
急激な睡魔や倦怠感に襲われる高山病は、気圧の変化による血中酸素濃度の低下が引き起こす。
アコンカグアでは高度順応が不十分だった。

 富士山5合目ほどの標高2350メートル付近から3800メートルまで登る。
心拍数が落ち着いたのを確認し、4200~4600メートル地点まで歩き下山する。
この行程を3日間繰り返した。

 天候を見極めて21日に登頂を決行。
午前0時半ごろに4600メートル地点を出発し、約6時間後、山頂にたどり着いた。
通常8時間はかかる道のりを大幅に短縮して成功した。

 「こんなに早く登れると思わず、気分が良かった」と片山さん。
事故後のリハビリに苦しんだ時、同じ境遇の男子小学生に教わった前を向く気持ちを思い出した。
「あの時の出会いがなかったら今の自分はいない。自分の姿が誰かの背中を押すきっかけになれば」と思い続けている。

 今冬、再びアコンカグアに向かう。海外登山の最終目標として北米最高峰のデナリ山(6190メートル)を見据える。

 片山さんは挑戦の日々を、フェイスブックの「Taka10プロジェクト」(httpS://goo.gl/tsgEb8)につづっている。


次回、南米最高峰を単身登頂は、←をクリック。



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プロフィール

かたやん

Author:かたやん
障がいを理由にあきらめたくない!元バイクレーサーが次に選んだ挑戦!

出身地:兵庫県
趣味:登山、スキューバダイビング、旅行、釣り
仕事:経理事務

19歳の時、バイク事故を起こし、10日間意識不明の重体になりました。
奇跡的に意識は取り戻しましたが、主治医からは「左上半身は二度と動かない、右下半身は完全には曲がらない」と絶望的。

毎日、否定的に生きる私を変えたのは、病院で出会った小学生でした。
その小学生から『現実を受け入れて、最善の方法を選んで今を生きる』ことを教えられ、過酷なリハビリを決意。

度重なる手術と過酷なリハビリ末、奇跡が起き、事故から3年後、障がい者となりながらもバイクレースに復活。
そして、レースに参戦すること7年。
『障がい者でも表彰台に立つ。カラー2ページで特集される』
この2つの夢を叶えて引退。

引退後、仲間と登った槍ヶ岳(日本No.5:3,180m)登頂をきっかけに登山を開始。
事故から21年、腰の骨を左腕に移植するなど手術した回数は29回にもなりました。(2016年現在)

登山は私にとって簡単なスポーツではありません。
しかし、私が限界に挑戦する姿が、壁を越えようとしている人(特に障がいを持っている子供たち)に希望を与えていると知ったから私の挑戦には”意味がある!”そう思って、いろいろなことに挑戦を続けています。

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