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【新聞掲載記事】 諦めない心 伝えたい (神戸新聞:2016.6掲載)

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以下、原文です。

交通事故で意識不明に陥り、左腕に後遺症がある兵庫県姫路市の男性が今冬、南米最高峰のアコンカグア(標高6960メートル)に単身で登頂に挑む。
「二度と動かない」という医師の宣告を受けながら、必死のリハビリで感覚を取り戻した。
男性は「諦めない大切さを伝えたい。自分の挑戦が誰かの背中を押すきっかけになれば」と願う。(金 旻革)



H (6)


 同市書写の会社員、片山貴信さん(41)。
20歳だった1994年12月、たつの市の峠をバイクで走行中に転倒、約10日間にわたり意識不明となった。
さらに左腕と肘などを粉砕骨折。
手や指の感覚が戻らず、医師から「左腕は二度と動かない」と告げられた。
 絶望し気持ちはふさいだが、ある日リハビリで知り合った男子小学生の言葉が人生を変えた。

 少年は交通事故で膝に重傷を負い、曲げたままか、伸びた状態のどちらで固定する選択を迫られていた。「伸びたままがいい。だって走れるでしょ」。少年は迷わなかった。
 「無理と決めつけず、少しでも自分のプラスになる道を選ぼう」。直面する現実を受け入れ、最善の方法を選ぶ少年の姿に、片山さんの心は奮い立った。

 指を針で刺して感覚を探し、激痛に涙しながら耐えたリハビリ。約15年かけて自力で顔を洗うなど日常生活が送れるようになり、「やりたいことを諦めない気持ちが強くなった」。そして憧れの冒険家植村直己さんのように海外登山への挑戦を思い立つ。
 2015年12月、南米エクアドルのイリニサ・ノルテ(標高5126m)、カヤンベ(同5790m)に単身で登頂に成功。氷に覆われたカヤンベ山では高山病にかかり、頂上目前の5500m付近でいったん下山を余儀なくされた。

 左腕の感覚は取り戻したが、肘より上は筋力が戻らず、腕を伸ばしすぎると引っ張る力が出ない。骨盤の骨を腕に移植したため、ザックの腰ベルトで痛みが生じ、長時間の歩行は健常者に劣る。それでも「自分の壁を乗り越えたい」と再び入山。10時間かけて雲海見下ろす頂にたどり着いた。
 海外登山の最終目標を、植村さんが最期を迎えた北米最高峰デナリ山(同6190m)に定める。「挑戦を続け、壁にぶつかっている人に一歩を踏み出す勇気を与えたい」と力を込めた。




次回記事、欧州最高峰に挑むは、←をクリック。




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プロフィール

かたやん

Author:かたやん
障がいを理由にあきらめたくない!元バイクレーサーが次に選んだ挑戦!

出身地:兵庫県
趣味:登山、スキューバダイビング、旅行、釣り
仕事:経理事務

19歳の時、バイク事故を起こし、10日間意識不明の重体になりました。
奇跡的に意識は取り戻しましたが、主治医からは「左上半身は二度と動かない、右下半身は完全には曲がらない」と絶望的。

毎日、否定的に生きる私を変えたのは、病院で出会った小学生でした。
その小学生から『現実を受け入れて、最善の方法を選んで今を生きる』ことを教えられ、過酷なリハビリを決意。

度重なる手術と過酷なリハビリ末、奇跡が起き、事故から3年後、障がい者となりながらもバイクレースに復活。
そして、レースに参戦すること7年。
『障がい者でも表彰台に立つ。カラー2ページで特集される』
この2つの夢を叶えて引退。

引退後、仲間と登った槍ヶ岳(日本No.5:3,180m)登頂をきっかけに登山を開始。
事故から21年、腰の骨を左腕に移植するなど手術した回数は29回にもなりました。(2016年現在)

登山は私にとって簡単なスポーツではありません。
しかし、私が限界に挑戦する姿が、壁を越えようとしている人(特に障がいを持っている子供たち)に希望を与えていると知ったから私の挑戦には”意味がある!”そう思って、いろいろなことに挑戦を続けています。

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