大きな誤算

前回、最難関南壁ルートは、←をクリック。


Muras(BC)に向けて8hの移動。

PC221583.jpg

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▲この橋を渡ると約20km、8時間行動開始でっす。

PC221587.jpg
▲このときはまだまだ元気っす。



って、とんでもない・・・中間地点まででも6hもかかった・・・

PC231589.jpg
▲この大岩の裏にはテントを張った跡がありました。


大きな誤算はテントの重さ。
空気の薄さに加えて、長距離、ご飯の重さ、そして追い打ちをかける20m以上の向かい風・・・

PC231591.jpg

PC231592.jpg
▲ロバも死んでる・・・




こわいっ・・・(´・ω・`)



ってことで、途中でごはん捨てました。
マジで。
これでマイナス5Kg。
※コンフルエンシアでメディカルに引っかかって延泊させられた時の事考えてご飯を余分に持ってたんです。



そして、日が陰ってくると激サム、ダウングローブ必須っす。
もっと早く着くと思っていたので逆に防寒装備系はロバに持たせていたです・・・


そして、そして、BCが見えてからが遠い・・・
これには相当メンタルやられました・・・

PC231593.jpg


着いた時には疲労困憊・・・
寒い、寒過ぎる・・・
とにかく寝たいのでチェックインは明日・・・



次回、クリアできないは、←をクリック。


...
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プロフィール

かたやん

Author:かたやん
障がいを理由にあきらめたくない!元バイクレーサーが次に選んだ挑戦!

出身地:兵庫県
趣味:登山、スキューバダイビング、旅行、釣り
仕事:経理事務

19歳の時、バイク事故を起こし、10日間意識不明の重体になりました。
奇跡的に意識は取り戻しましたが、主治医からは「左上半身は二度と動かない、右下半身は完全には曲がらない」と絶望的。

毎日、否定的に生きる私を変えたのは、病院で出会った小学生でした。
その小学生から『現実を受け入れて、最善の方法を選んで今を生きる』ことを教えられ、過酷なリハビリを決意。

度重なる手術と過酷なリハビリ末、奇跡が起き、事故から3年後、障がい者となりながらもバイクレースに復活。
そして、レースに参戦すること7年。
『障がい者でも表彰台に立つ。カラー2ページで特集される』
この2つの夢を叶えて引退。

引退後、仲間と登った槍ヶ岳(日本No.5:3,180m)登頂をきっかけに登山を開始。
事故から21年、腰の骨を左腕に移植するなど手術した回数は29回にもなりました。(2016年現在)

登山は私にとって簡単なスポーツではありません。
しかし、私が限界に挑戦する姿が、壁を越えようとしている人(特に障がいを持っている子供たち)に希望を与えていると知ったから私の挑戦には”意味がある!”そう思って、いろいろなことに挑戦を続けています。

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