入山申請やらの話

前回、アルゼンチンへの国境越えは、←ここをクリック。


アルゼンチンのイミグレで疲れ切ったかたやんです・・・

とりあえず無事メンドーサに到着しタクシーに乗ろうにも長蛇の列・・・
で、宿まで歩くことにしました・・・60kg担いで・・・

真夏にすることちゃうね…


宿の名前は、HOSTEL LAO

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『TAKA、ここはお前の家だ。くつろいでくれよ』


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って、何よりも先に言ってくれたことがうれしかった。

バスターミナルから10分くらいの場所で立地も最高。
※メンドーサの地図は最後に載せておきますね。
但し、二度と使いたくないって思う出来事があるので後程・・・。
点数が高い宿がいいって訳ぢゃないですね・・・反省・・・


メンドーサに到着して感じたのは、のどかで小さな街。

でも、この街に来たのは、のんびりした旅の感覚を楽しみにきたわけぢゃない。

これから始まる大きな挑戦の準備をするため。
なのでゆっくりしている暇はない。
眠いけど、寝ていられない。

支度を整えて入山申請に向かいました。

まずは、荷上げの手続きでLANKO社へ来ました。

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▲建物に入った1Fにあるこれがエレベータ

で、7Fの一番奥にLANKO社があります。

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どのルートから行くの?とか、必要なサービスは??って打ち合わせ。

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往復の運搬で440$(約46,200円)
荷上げなどを利用すればアコンカグア入山料の割引を受けることができるので実質50$(約5,250円)ほどです。

割引後の金額が書かれた申請書類をもらい支払に行きます。

でも、地理的に先にレンタル屋に行ったほうがよさそうだったので、登山用品をレンタルしに行きました。

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▲他の店に比べてちょっと割り高やけど、品質に定評があったので♪

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▲豊富な品揃え

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▲マイナス30~40℃対応の寝袋。試しただけで汗だく・・・(笑)

テントも張って、使い勝手などを実演してくれます。
但し、ソロで行くなら1人用のテントにしたほうがいいです。
後で後悔します。←後悔しました。

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ガス缶も買って335$(約35,175円)。
てかテントでかすぎてヤバい・・・明日、運べるのでしょうか・・・(´・ω・`)

現金で20万円分のUSドルを持ってきたのにすでに半分無くなった・・・
そして、入山料が少し足りない・・・ってことで向かったのは闇両替。


銀行よりもレートがいいので利用しない手はないですよね。
連れられて行ったのは寂れたビルの一角・・・

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▲これで問題なし

あとは支払って観光局へ行くだけ。

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▲この看板の場所で支払うことができます。

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▲12,880ペソ(約94,915円)払って、領収書張ってもらえば完了

観光局で手続きを終えると入山許可をもらえました。

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そして本日最後の手続きはバスチケットの購入。
翌朝、登山口までバスで向かうことになるのでチケット手配です。

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▲BUTTINI社のバスでペニテンテスまで買えばOK

あっ!
平日と祝日で始発時間が違います。
平日は6時発、休日は7時発です。

すべての手配が終わったので帰って寝ます・・・。


<メンドーサの地図>
全部徒歩圏内です。
mandoza1map.jpg
▲ ☆印が主要な施設です。

・LANKO社、レンタルショップは通り面にあります。
LANKO社はわかりにくいですが183番地のビルにあります。

・HOSTEL LAOの入口は西側の通り面にあり、すぐにわかります。


次回、いよいよ入山は、←をクリック。





...




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プロフィール

かたやん

Author:かたやん
障がいを理由にあきらめたくない!元バイクレーサーが次に選んだ挑戦!

出身地:兵庫県
趣味:登山、スキューバダイビング、旅行、釣り
仕事:経理事務

19歳の時、バイク事故を起こし、10日間意識不明の重体になりました。
奇跡的に意識は取り戻しましたが、主治医からは「左上半身は二度と動かない、右下半身は完全には曲がらない」と絶望的。

毎日、否定的に生きる私を変えたのは、病院で出会った小学生でした。
その小学生から『現実を受け入れて、最善の方法を選んで今を生きる』ことを教えられ、過酷なリハビリを決意。

度重なる手術と過酷なリハビリ末、奇跡が起き、事故から3年後、障がい者となりながらもバイクレースに復活。
そして、レースに参戦すること7年。
『障がい者でも表彰台に立つ。カラー2ページで特集される』
この2つの夢を叶えて引退。

引退後、仲間と登った槍ヶ岳(日本No.5:3,180m)登頂をきっかけに登山を開始。
事故から21年、腰の骨を左腕に移植するなど手術した回数は29回にもなりました。(2016年現在)

登山は私にとって簡単なスポーツではありません。
しかし、私が限界に挑戦する姿が、壁を越えようとしている人(特に障がいを持っている子供たち)に希望を与えていると知ったから私の挑戦には”意味がある!”そう思って、いろいろなことに挑戦を続けています。

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