五色ヶ原で停滞

前回”五色ヶ原の天国”はここをクリック

予報通り昨晩から烈風が吹いていますが、天気は快晴。

160504 (2)
▲雄山方面もすっきり見渡せます。

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▲北アルプス南部もすっきり。

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▲久々の快晴をしばらく見入ってました。

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▲本当に空が青い。


しかし、こんな天気もほんの数分であっという間に曇り空に・・・。
やはり天気が変わりやすいですね。。

本日も宿のお手伝い。

貯水タンクや機械室周りの雪かきを手伝いました。

挑戦第2段 北アルプス110km縦走で4月29日から入山していましたが、明日下山しようと思います。
今後の天候やそれに併せた自分のペースを考えるとこれ以上続けて先に進めは下山できず山に閉じ込められると考えたからです。

連日のニュースで北アルプスで過去例を見ないような遭難及び死亡事故が発生していることもあり、賢明な判断だと思っています。

山屋の志鷹さんですら、

『今年は異常。ムリして達成できるならいいけど、達成できず再挑戦もできずに亡くなる人もいるよ。また挑戦しに来ればいい。』

『湖畔の道を抜けて、強風の中、あの荷物を背負って子の急登を登ってきた人は初めて。その度胸があればきっと達成できるよ。』


この言葉で下山を決意しました。

今回は気圧の激しい動きに翻弄されましたが、心折れてないし十分手ごたえがあったので、また再挑戦しようと思います。


次回”最後まで苦しめられた・・・”はここをクリック


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プロフィール

かたやん

Author:かたやん
障がいを理由にあきらめたくない!元バイクレーサーが次に選んだ挑戦!

出身地:兵庫県
趣味:登山、スキューバダイビング、旅行、釣り
仕事:経理事務

19歳の時、バイク事故を起こし、10日間意識不明の重体になりました。
奇跡的に意識は取り戻しましたが、主治医からは「左上半身は二度と動かない、右下半身は完全には曲がらない」と絶望的。

毎日、否定的に生きる私を変えたのは、病院で出会った小学生でした。
その小学生から『現実を受け入れて、最善の方法を選んで今を生きる』ことを教えられ、過酷なリハビリを決意。

度重なる手術と過酷なリハビリ末、奇跡が起き、事故から3年後、障がい者となりながらもバイクレースに復活。
そして、レースに参戦すること7年。
『障がい者でも表彰台に立つ。カラー2ページで特集される』
この2つの夢を叶えて引退。

引退後、仲間と登った槍ヶ岳(日本No.5:3,180m)登頂をきっかけに登山を開始。
事故から21年、腰の骨を左腕に移植するなど手術した回数は29回にもなりました。(2016年現在)

登山は私にとって簡単なスポーツではありません。
しかし、私が限界に挑戦する姿が、壁を越えようとしている人(特に障がいを持っている子供たち)に希望を与えていると知ったから私の挑戦には”意味がある!”そう思って、いろいろなことに挑戦を続けています。

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