限界を超えるとき!!

前回”待ってろ!カヤンベ!”はここをクリック


夕食後から数時間寝ただけでは眠った気がしませんね。
エクアドルに入国してから今日までレンタカーを運転して長時間移動しているか、山に登っているかのどちらかでゆっくり休めていません(笑)



カヤンベ再挑戦の夜。
前回よりも風が強いです。
烈風のレベルだと思います。

相変わらず岩峰の道が分からないし・・・。


リタイヤした前回と違い、今回特に意識したことは、

・ペースを乱さないこと。
・糖分をこまめに摂ること。
・行動食をこまめに食べること。
・眠たいときは寝ること。



真っ暗な中で烈風が駆け抜ける音やクレバスが開く音に相変わらずビクビクしながら登りました。
クレバスの間を風が抜ける音とかマジ怖いですよ・・・。


夜明けとともに見慣れた風景が見えてきました。

151231 (7)


5,300m・・・


5,350m・・・



徐々に近づいてきました。

151231 (8)


そして、

5,400m・・・。

ん??


何ともない。なんでやろ?

もしかしたら、おととい限界を味わった影響で身体が高度順応が一気に進んだのかもしれません。



そしてとうとう、撤退を決断した


5,580m!!


に、到達。
体力的にはまだまだ行けます。
時間的にもこの地点までの到達時刻が2時間も短縮できていました。

意識して糖分を摂ったこと、遅くてもペースを乱さなかったことも影響していると思います。

151231 (16)
▲すでに山頂を踏んだグループが下山してきました。トレースの先の黒い点分かりますか?




行ける!

標高は、残り210m。



すでに山頂を踏んだ他の登山者とすれ違いつつ頂上を目指します。


すれ違う時にお互いのピッケルを鳴らすんです。
ハイタッチ的に。



『タカ、山頂はすぐそこだ!問題ない!がんばれ!』



ピッケルで指された先には真っ青な空を背にした山頂が見えていました。


151231 (13)

逸る気持ちを抑え一歩一歩標高を上げて行きました。



ところが!!



それは突然きました。

標高5,650m付近。
例の倦怠感とめまい、吐き気、頭痛です。

あと、150mなのに・・・。

手が届くところまで来ているのに・・・。

いっきにペースが遅くなりました。

激しい息切れとめまい、吐き気・・・。
風が強くなり、気温が一気に下がり、服がみるみる凍って行きます。


あと少し・・・。


あと少し・・・。



泣きそうでした・・・本当に苦しいんです。



あと少し・・・


あと少し!


くるしい・・・酸素が入ってこない・・・


あと少し・・・


あと少し!


151231 (17)






山小屋を出発してから10時間44分。





151231 (26)
▲一瞬だけガスが晴れたその先には、見たことのない青いあおい空が広がっていました。


標高5,790mのカヤンベ山頂に単独で立つことができました。
怖くて、孤独で永いながい時間でした。


151231 (25)


たくさんの応援を受けて、自分の限界を超えることができました。


本当にほんとうにありがとうございました!




下山中、自分が登ってきた場所を改めて見たのですがクレバスって怖いですね(笑)


151231 (38)
▲クレバスがずぅ~~っと上まで割れているの分かりますか?せっかく登ってもこの距離を戻されたら心も折れますよね?(笑)


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▲滑落したら、次はクレバスが口を開けて待ってるんです。怖いでしょ??


151231 (42)
▲怖いですよね(笑)


山頂から順調にくだり、山小屋まで帰ってくると、山小屋に居るみんなが

『タカ、どうだったんだ?いけたのか?』

『いけたいのか?だいじょうぶか?』


「うん、いけた。登れたよ!!」

『みろ!こいつはソロで登ったぜ!!やっぱこいつはイカれた日本人だ(笑)』



各国から集まった登山家に祝福されてんけど、慣れてないので照れくさかったです(笑)

宿の主人の迎えでカヤンベの街に下山しました。


151227 (22)
▲振り返ってみたカヤンベは初めて見た時と違ってとっても穏やかでした。


次回”エクアドルの年末”はここをクリック

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プロフィール

かたやん

Author:かたやん
障がいを理由にあきらめたくない!元バイクレーサーが次に選んだ挑戦!

出身地:兵庫県
趣味:登山、スキューバダイビング、旅行、釣り
仕事:経理事務

19歳の時、バイク事故を起こし、10日間意識不明の重体になりました。
奇跡的に意識は取り戻しましたが、主治医からは「左上半身は二度と動かない、右下半身は完全には曲がらない」と絶望的。

毎日、否定的に生きる私を変えたのは、病院で出会った小学生でした。
その小学生から『現実を受け入れて、最善の方法を選んで今を生きる』ことを教えられ、過酷なリハビリを決意。

度重なる手術と過酷なリハビリ末、奇跡が起き、事故から3年後、障がい者となりながらもバイクレースに復活。
そして、レースに参戦すること7年。
『障がい者でも表彰台に立つ。カラー2ページで特集される』
この2つの夢を叶えて引退。

引退後、仲間と登った槍ヶ岳(日本No.5:3,180m)登頂をきっかけに登山を開始。
事故から21年、腰の骨を左腕に移植するなど手術した回数は29回にもなりました。(2016年現在)

登山は私にとって簡単なスポーツではありません。
しかし、私が限界に挑戦する姿が、壁を越えようとしている人(特に障がいを持っている子供たち)に希望を与えていると知ったから私の挑戦には”意味がある!”そう思って、いろいろなことに挑戦を続けています。

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