登山技術と高度順応

単独で登ることを決めたら、あとは身体と技術を鍛えるのみ。

技術的な、登り方、ルートの選び方、トラブル・リスクの回避方法、自己脱出などは本を読んだり、実践で繰り返すしたりするしか無いと考えました。

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高度順応については、いろいろ調べると低酸素室トレーニングなるモノがあることが分かりました。

バイク仲間がこの部屋のことを『精神と時の部屋』って例えていたけど正に、その言葉がぴったり。
その部屋の中では、常圧のまま酸素量だけを制限して、高所にいるのと同じ効果を発揮するのです。


その施設は大阪と東京にあります。


大阪
グランフロント北5Fにある好日山荘グランフロント店で受け付けてくれます。
好日山荘グランフロント店←ここをクリック
設定標高は3,800m固定で、1枠1時間30分です。

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東京
ミウラドルフィンズという名前のジムです。
80歳でエベレスト登頂を果たした冒険家:三浦雄一郎さんのジムです。
ミウラドルフィンズは一般的なトレーニングに加えて高所テスト、睡眠テストなど内容も充実しています。
海外登山テストと低酸素室利用4回のセットがお得です。


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ミウラドルフィンズ←ここをクリック

設定標高は、4,000m~6,000mで500m間隔に設定可能。1枠1時間30分です。

エベレスト単独無酸素登頂に挑戦した栗城さんや、イッテQ登山部のイモトさんもトレーニングに使用しているジムです。

4,500、5,000トレーニング1

大阪の低酸素室は個人的感想で言うと大したことないです。
というのも、それなりの標高で実登山を繰り返していたので既に身体が慣れているためか効果を感じることができませんでした。

しかし、東京は違いました。

正直4~5,500mまでのトレーニングでは大して負荷を感じなかったのですが、6,000mはまったく別物でした。

5,500、6,000トレーニング
▲あまりにも血中酸素濃度が下がったため、部屋を出されました。


酸素量が地上の半分に設定された6,000mの部屋は想像以上に過酷でした。
地上と同じ4km/hの歩行速度でもすぐに呼吸は乱れ、試しに走った8km/hのランニングでは数分も持ちません。
血中酸素濃度はまさかの48%・・・これが続けば確実に死にますよ・・・
※因みに地上で血中酸素濃度が90%を下回ればICU行きです(笑)

常圧低酸素の部屋では高山病になったら部屋を出れば解決するけど、現地は低圧環境。
常圧低酸素でこのありさま、低圧環境の山の上ではどうなるのか・・・今は、不安しかありません。というか、怖いです。。。

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本当に先が思いやられました・・・。

でもトレーナーが言っていました。
『トレーニングも大切ですが、自分の限界を知ることが一番大切です』
『これ以上登ったらダメだ!って限界を知っていれば、そこから下山すればいい。でも、知らずにその先に行ってしまうと還ってこられなくなる(死んでしまう)』


呼吸が整うまで時間を要すること、血中酸素濃度を上昇させる呼吸法、自分の限界などが分かりました。

きっとこの部屋で発症した兆候が現地で生死の分岐点なのだと思います。
この兆候を知らなければ、おれの性格上、きっと無理をして登って、肺水腫などで死ぬ原因を招いていたと思います。


赤血球を増やすためにレバーが身体にいいそうです。
血液をさらさらにする即効性があるのはワサビ(5g)だそうです。

高所に挑戦される方は、ぜひ試してほしいです。




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プロフィール

かたやん

Author:かたやん
障がいを理由にあきらめたくない!元バイクレーサーが次に選んだ挑戦!

出身地:兵庫県
趣味:登山、スキューバダイビング、旅行、釣り
仕事:経理事務

19歳の時、バイク事故を起こし、10日間意識不明の重体になりました。
奇跡的に意識は取り戻しましたが、主治医からは「左上半身は二度と動かない、右下半身は完全には曲がらない」と絶望的。

毎日、否定的に生きる私を変えたのは、病院で出会った小学生でした。
その小学生から『現実を受け入れて、最善の方法を選んで今を生きる』ことを教えられ、過酷なリハビリを決意。

度重なる手術と過酷なリハビリ末、奇跡が起き、事故から3年後、障がい者となりながらもバイクレースに復活。
そして、レースに参戦すること7年。
『障がい者でも表彰台に立つ。カラー2ページで特集される』
この2つの夢を叶えて引退。

引退後、仲間と登った槍ヶ岳(日本No.5:3,180m)登頂をきっかけに登山を開始。
事故から21年、腰の骨を左腕に移植するなど手術した回数は29回にもなりました。(2016年現在)

登山は私にとって簡単なスポーツではありません。
しかし、私が限界に挑戦する姿が、壁を越えようとしている人(特に障がいを持っている子供たち)に希望を与えていると知ったから私の挑戦には”意味がある!”そう思って、いろいろなことに挑戦を続けています。

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