あっという間の一年

登山を始めてから5年。

詰めて山に登っているわけでもなく、誰かと登った時以外はSNSなどで情報発信すらしなかった山。

専門は山よりも海なので、登山靴、ウェア、全部あり合わせの道具で登っていた山。

イッテQでイモトが山に登るのを見て『いつかあんな山登ってみたいな』なんて漠然と考えていた山。

遠くの崖を指さされて「あそこを登る人もいるんですよ」って言われても”ふぅ~ん”って他人事のように聞いていた山。



そんな山も、今では”あそこ”を登るようなった。


150426 (7)
▲俺にきっかけを与えたのは間違いなくこのふたり(笑


俺でも行けんじゃねぇ〜??


と、勘違いして、海外の高所登山を決意。


素人がどこまでできるのか?って始めたスポンサー探し。
言葉の分からないおれが情報を得られるのは、日本人が書いた日本語のブログ。
でもそこに書かれている内容は、おれがほしい情報ではなかった。
予定していた山が140年ぶりに噴火して、現地の状況にも振り回された。

cotpaxi.jpg

そんな年末の挑戦も、あと2週間に迫りました。

エクアドルのブログは、どうやって問題を解決したか、どうやって挑戦に備えたかってことも交えながら記録に残そうと思います。


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プロフィール

かたやん

Author:かたやん
障がいを理由にあきらめたくない!元バイクレーサーが次に選んだ挑戦!

出身地:兵庫県
趣味:登山、スキューバダイビング、旅行、釣り
仕事:経理事務

19歳の時、バイク事故を起こし、10日間意識不明の重体になりました。
奇跡的に意識は取り戻しましたが、主治医からは「左上半身は二度と動かない、右下半身は完全には曲がらない」と絶望的。

毎日、否定的に生きる私を変えたのは、病院で出会った小学生でした。
その小学生から『現実を受け入れて、最善の方法を選んで今を生きる』ことを教えられ、過酷なリハビリを決意。

度重なる手術と過酷なリハビリ末、奇跡が起き、事故から3年後、障がい者となりながらもバイクレースに復活。
そして、レースに参戦すること7年。
『障がい者でも表彰台に立つ。カラー2ページで特集される』
この2つの夢を叶えて引退。

引退後、仲間と登った槍ヶ岳(日本No.5:3,180m)登頂をきっかけに登山を開始。
事故から21年、腰の骨を左腕に移植するなど手術した回数は29回にもなりました。(2016年現在)

登山は私にとって簡単なスポーツではありません。
しかし、私が限界に挑戦する姿が、壁を越えようとしている人(特に障がいを持っている子供たち)に希望を与えていると知ったから私の挑戦には”意味がある!”そう思って、いろいろなことに挑戦を続けています。

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