過酷なアプローチ

仙丈ヶ岳へのアプローチは仙流荘から南アルプス林道バスを利用して戸台大橋を経て歌宿または北沢峠へ行くのが一般的。
または、橋本山荘奥の駐車場から戸台川を遡っていくルート。
しかし、冬季(11月中~4月末)林道バスは運休なので、戸台川沿いを歩くしかありません。

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朝起きると春の清々しい天気で気分いいです。

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しかし、歩き始めて1時間、雪解けが原因なのか、川の水量が増えていて行き詰りました。
こうなったら林道バスの通る車道を歩くしかありません。
クルマに戻って移動して準備して結局約2時間無駄にしました。

長野では遅い春のようで桜が満開でした。

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戸台大橋から一般車の乗り入れは禁止なので歩くしかありません。
まずは歌宿までの10.7km約3.5時間の歩行です。

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歩き出してしばらくすると遥か彼方に今回の目的地である仙丈ヶ岳山頂が見えました。

いやぁ~遠いですねぇ~

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なんでこの山を選んだかと言うと、仙丈ヶ岳の山頂から日本TOP3(富士山、北岳、間ノ岳)が一望できるんです。

道中、崖から落ちて死んだのか、シカの白骨死体が転がってました。

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通行止めの道で人が通らないことを知っているかのようにそこらじゅうでシカと遭遇します。

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初めのうちは、シカの写真撮っていたんですが、途中からどうでもよくなりました(笑)

そこら中にいるんで珍しくなくなった…( ̄Д ̄)ノ

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歩き出して?時間、甲斐駒ヶ岳(かいこまがだけ)と鋸岳が見えてきました。
ほんといい天気で山頂からの展望が期待できます。

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10.7キロ歩いて歌宿に到着。
休憩所で昼ごはんです。

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この小屋はカギが開いているの利用できます。ここから鋸岳の展望はすばらしいです。
何枚撮るねんってくらい撮ってました(笑)

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甲斐駒ヶ岳

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歌宿から約30分で丹渓新道登山口に到着です。
戸台大橋から丹渓新道登山口まで約12.7Km約4時間です。

登山地図には”手すり付き階段あり”とか、倒木が整理されており歩きやすいと書かれているけど、手すり付きはほんの少しと言うかこの見えているところだけ・・・(笑)

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残雪期特有の踏み抜き地獄が続き、気力と体力を奪われていきました。
樹林帯の中ってこともあり景色も見えないしイライライライラ。

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標高2,400m辺りから積雪期かと思うような雪質の急登・・・。
雪で登山道が隠れているから直登しただけなんですけどね・・・。
ここに来てラッセルの急登は完全に心折れましたよ…(笑)

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稜線近くになると風が強くなってきました。
ヤマテンの予報は風速19m/s~23m/sと烈風予想・・・。

稜線に出た時は予報どおり、結構いい風が吹いてました(笑)
日中の気温はマイナス6度前後なので暑過ぎるくらいです。

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あと1時間も歩けば、馬ノ背ヒュッテ小屋に着くので行きたかったけど時間切れです。

いい夕日を見ることができました。

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テントを張るにも稜線上は危険やし、なるべく風の影響を受けない場所ってこといろいろ悩みました。

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↑結局この辺削ってテントを設営。

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麓の街明かりがじゃまでいい写真撮れなかったけど久々に見た満天の星空でした。

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標高約2,700mで夜を明かすことにしました。

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プロフィール

かたやん

Author:かたやん
障がいを理由にあきらめたくない!元バイクレーサーが次に選んだ挑戦!

出身地:兵庫県
趣味:登山、スキューバダイビング、旅行、釣り
仕事:経理事務

19歳の時、バイク事故を起こし、10日間意識不明の重体になりました。
奇跡的に意識は取り戻しましたが、主治医からは「左上半身は二度と動かない、右下半身は完全には曲がらない」と絶望的。

毎日、否定的に生きる私を変えたのは、病院で出会った小学生でした。
その小学生から『現実を受け入れて、最善の方法を選んで今を生きる』ことを教えられ、過酷なリハビリを決意。

度重なる手術と過酷なリハビリ末、奇跡が起き、事故から3年後、障がい者となりながらもバイクレースに復活。
そして、レースに参戦すること7年。
『障がい者でも表彰台に立つ。カラー2ページで特集される』
この2つの夢を叶えて引退。

引退後、仲間と登った槍ヶ岳(日本No.5:3,180m)登頂をきっかけに登山を開始。
事故から21年、腰の骨を左腕に移植するなど手術した回数は29回にもなりました。(2016年現在)

登山は私にとって簡単なスポーツではありません。
しかし、私が限界に挑戦する姿が、壁を越えようとしている人(特に障がいを持っている子供たち)に希望を与えていると知ったから私の挑戦には”意味がある!”そう思って、いろいろなことに挑戦を続けています。

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