95:久住山(elev.1,787m)

「九州には、霧島、阿蘇、雲仙などの噂の高い山があるせいか、その最高峰は見逃されがちのようである。九州本島で一番高いのは九重山。九重山は山群の総称であってその主峰は久住山。同じ発音を持つ九重と久住が、そんな分け前に落ち着くまでに、長い間山名の争奪戦があったそうである。(日本百名山:深田久弥)」

九州100名山最後の山は九重山。
この地域は九州ではイメージできないくらいの豪雪地域。

暗いうちから登りだし、

150102 (3)

段々辺りが明るくなってきました。

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登ること1時間。

強風で体温が奪われ心が折れそうです。
見上げても本丸が見えません。

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ラッセルで進むことで体力も奪われ、コースタイムも想像つかない。

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”もう引き返そうか?”と、相談していたんやけど、ちょうど登ってきた地元の方に聞いたら、

「あと1時間~1時間半くらいで行けるよ」とのことなので付いて登らせてもらうことに。

樹氷もきれいです。

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雪深いラッセルで体力を奪われ、気温−10度、強風体感−18度で体温を奪われ・・・。

本丸を拝むことなく心折れ諦めかけたけど、地元の方たちのおかげで無事登頂成功っ。

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どうせなら最高峰の中岳まで行きたかったけど、視界不良と強風で断念。

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下山途中で集合写真を撮りました。

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遊びながら下山。

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往復5時間半で下山完了。

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九州100名山踏破達成っ!

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プロフィール

かたやん

Author:かたやん
障がいを理由にあきらめたくない!元バイクレーサーが次に選んだ挑戦!

出身地:兵庫県
趣味:登山、スキューバダイビング、旅行、釣り
仕事:経理事務

19歳の時、バイク事故を起こし、10日間意識不明の重体になりました。
奇跡的に意識は取り戻しましたが、主治医からは「左上半身は二度と動かない、右下半身は完全には曲がらない」と絶望的。

毎日、否定的に生きる私を変えたのは、病院で出会った小学生でした。
その小学生から『現実を受け入れて、最善の方法を選んで今を生きる』ことを教えられ、過酷なリハビリを決意。

度重なる手術と過酷なリハビリ末、奇跡が起き、事故から3年後、障がい者となりながらもバイクレースに復活。
そして、レースに参戦すること7年。
『障がい者でも表彰台に立つ。カラー2ページで特集される』
この2つの夢を叶えて引退。

引退後、仲間と登った槍ヶ岳(日本No.5:3,180m)登頂をきっかけに登山を開始。
事故から21年、腰の骨を左腕に移植するなど手術した回数は29回にもなりました。(2016年現在)

登山は私にとって簡単なスポーツではありません。
しかし、私が限界に挑戦する姿が、壁を越えようとしている人(特に障がいを持っている子供たち)に希望を与えていると知ったから私の挑戦には”意味がある!”そう思って、いろいろなことに挑戦を続けています。

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