98:韓国岳(elev.1,700m)

「左右相称の形でスックとそびえ立った姿は、まことに神々しく品格がある。殊に霧島の他の峰々は大てい灌木に覆われているのに、高千穂峰だけは一本も着けず、黒々とした肌であるのも美しい。(日本百名山:深田久弥)」



硫黄岳周辺はガスが発生しており、半径1km以内への立ち入り禁止。

141231 (4)

しかも新燃岳も登山禁止なので韓国岳を目指します。

141231 (5)

しばらく樹林帯が続きます。

141231 (7)

141231 (6)

気温が低いので霜柱も長く育ってます。

141231 (8)

雪も出てきました。

141231 (11)

雲間から一瞬だけ晴れ間が見えたっ!

141231 (12)

標高が高くなると見えてきた大浪池。

141231 (15)

登山道も整備されていました。

141231 (31)

火口を覗くとすごく高くてビビります(´艸`*)

141231 (20)

強風の中、無事登頂っ!

141231 (22)

おまけ!(笑)
宮崎に住むさゆりちゃんに会いに行きました(´艸`*)

141231 (33)



関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

かたやん

Author:かたやん
障がいを理由にあきらめたくない!元バイクレーサーが次に選んだ挑戦!

出身地:兵庫県
趣味:登山、スキューバダイビング、旅行、釣り
仕事:経理事務

19歳の時、バイク事故を起こし、10日間意識不明の重体になりました。
奇跡的に意識は取り戻しましたが、主治医からは「左上半身は二度と動かない、右下半身は完全には曲がらない」と絶望的。

毎日、否定的に生きる私を変えたのは、病院で出会った小学生でした。
その小学生から『現実を受け入れて、最善の方法を選んで今を生きる』ことを教えられ、過酷なリハビリを決意。

度重なる手術と過酷なリハビリ末、奇跡が起き、事故から3年後、障がい者となりながらもバイクレースに復活。
そして、レースに参戦すること7年。
『障がい者でも表彰台に立つ。カラー2ページで特集される』
この2つの夢を叶えて引退。

引退後、仲間と登った槍ヶ岳(日本No.5:3,180m)登頂をきっかけに登山を開始。
事故から21年、腰の骨を左腕に移植するなど手術した回数は29回にもなりました。(2016年現在)

登山は私にとって簡単なスポーツではありません。
しかし、私が限界に挑戦する姿が、壁を越えようとしている人(特に障がいを持っている子供たち)に希望を与えていると知ったから私の挑戦には”意味がある!”そう思って、いろいろなことに挑戦を続けています。

====

最新記事
最新コメント
カテゴリ
応援ページ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文: