66:雲取山(elev.2,017m)

奥多摩と奥秩父の二つの山域の境界に位置し、東京都の最高峰である雲取山に登りました。

「雲取という名前の由来は知らない。俗に解すれば、雲を手に取らんばかりに高い、といった意味であろうか。雲取山は東京都から一番近く、一番深山らしい気分のある2000m峰だけあって、高尾山や箱根などのハイキング的登山では物足りなくなった人が次に目指す恰好の山となっている。(日本百名山:深田久弥)」


朝6時半登山開始。
ほどなくして朝日が昇り始めます。

141025 (2)

歩き出して出てきた目安版。

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紅葉も残って?始まって?きれいです。

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登り始めて約2時間。
開けた場所からふとっ見えたのがこれ!

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↑富士山の絶景。

しかも雲海まで!!

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奥多摩小屋に到着。
ここ泊まりたくない山小屋No1かもしれません。。。

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やっと山頂を捕らえました。

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登りだして約4時間。
山頂に到着。

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↑背景には富士山。

こっちは北岳。

141025 (22)

今日のごはんは、ピラフ。

141025 (25)

下山後、温泉に入り帰りました。

141025 (26)
↑もえぎの湯は、めっちゃアルカリのローション温泉!!
http://www.okutamas.co.jp/moegi/




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プロフィール

かたやん

Author:かたやん
障がいを理由にあきらめたくない!元バイクレーサーが次に選んだ挑戦!

出身地:兵庫県
趣味:登山、スキューバダイビング、旅行、釣り
仕事:経理事務

19歳の時、バイク事故を起こし、10日間意識不明の重体になりました。
奇跡的に意識は取り戻しましたが、主治医からは「左上半身は二度と動かない、右下半身は完全には曲がらない」と絶望的。

毎日、否定的に生きる私を変えたのは、病院で出会った小学生でした。
その小学生から『現実を受け入れて、最善の方法を選んで今を生きる』ことを教えられ、過酷なリハビリを決意。

度重なる手術と過酷なリハビリ末、奇跡が起き、事故から3年後、障がい者となりながらもバイクレースに復活。
そして、レースに参戦すること7年。
『障がい者でも表彰台に立つ。カラー2ページで特集される』
この2つの夢を叶えて引退。

引退後、仲間と登った槍ヶ岳(日本No.5:3,180m)登頂をきっかけに登山を開始。
事故から21年、腰の骨を左腕に移植するなど手術した回数は29回にもなりました。(2016年現在)

登山は私にとって簡単なスポーツではありません。
しかし、私が限界に挑戦する姿が、壁を越えようとしている人(特に障がいを持っている子供たち)に希望を与えていると知ったから私の挑戦には”意味がある!”そう思って、いろいろなことに挑戦を続けています。

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