エルブルースの懐

前回、ロシア初上陸は、ここをクリック。

モスクワ市内からVKO空港に移動。
UTエアを利用する場合は、大抵このVKO空港発着です。

空港でよく見かけるラッピングに並んでいると、

『われこっちこいや!』

的に話しかけてくる奴がいます。
言葉わからんし、

”要らん!”

って表情としぐさであしらったんですが、実はこれ、

170716 (4)_R

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”もっと安くでラッピングしてやるぜ!!”

ってことでした(笑)

値段知らんけど、利用すればよかった・・・(´・ω・`)


さて、VKO空港からナリチク(Nalchik)空港に向かいます。


ブログではよくミンボディ空港のことが出てくるけど、個人的にはナリチク(Nalchik)空港に行く方がいいと思います。
理由は、単にエルブルースの麓、アザウ(Azau)や、テルスコル(Terskol)に近いことです。
ミンボディ空港から麓の村まで車で3時間、ナリチク空港からは車で2時間です。



モスクワVKO空港から1,600km、2時間半、ナリチク(Nalchik)空港に到着。

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このローカル感満載のバッゲージクレーンからもどんな空港なのか想像つくでしょ(笑)

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手配していたドライバーとエルブルース国立公園の担当者(タヒール)と合流しエルブルースの麓に向かいます。

まずね、どの国でもこう言うところに住んでる奴は、


めっちゃ飛ばします!


風景は一面に広がるトウモロコシ畑。
バックに流れるのはこの地域によく合う牧場を思わせるカフカス音楽。



なのにっ!


めっちゃ!


飛ばすっ・・・!


ホンマにめっちゃ!(笑)








向かう道中では放牧されている牛が平気な顔で道路を歩いています。
牛がいることで運転手は速度を落としてくれるので牛に感謝です。

170716 (19)_R


速度が怖いんじゃなくて運転手の腕を信じてないだけなんです(;´・ω・)
そしたら、運転手がね、


『こんな牛にはこうするんだっ!』



的にクラクションを指さしてニヤニヤしてます。





ぱっシュ~~~~~♪





ん??(´・ω・`)



っんとね、空気が漏れたようなクラクションの音色に愕然。。。



牛??



当然どかないですよ(笑)



気を取り直してGO!!


いろんな情報では空港から村までの道中で検問所が数か所あるとの情報でしたが、あるのは一か所だけです。

170716 (20)_R
▲特段おれには関係ない検問


そんな感じで約2時間で到着。

空港ではくそ暑かったのに、さすが標高2,350mのアザウ村。
車を降りると肌寒い・・・

宿はこないだ紹介した宿ね。


170716 (31)_R

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宿ではパスポートを預けます。
どうやらどっかで何かを登録するそうですが、どこなのか?なんでなのか?わからん。。。(笑)



チェックインを終えたら軽く散策してみることにしました。

宿から5分くらいのところにゴンドラリフト、ケーブルウェイの乗り口があります。


170716 (28)_R
▲ゴンドラリフトの下にはATMもありますよ。


ケーブルウェイ乗り場の下にはレンタルショップと登山用具屋さんがあります。
参考に値段を書いておきます。

例えば、24時間レンタルの場合、
・Wブーツ、セミWブーツ・・・1,090ルーブル(約2,100円)
・アイゼン・・・320ルーブル(約640円)
・寝袋・・・550ルーブル(約1,100円)
・GoPro・・・500ルーブル(約l1,000円)

ここには洗濯機、ブーツ乾燥機もありました。



簡単な地図も確認。
明日、標高を2,350mから3,800mまで一気に上げるので順応が心配です。


170716 (27)_R

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宿で食べたサーモンのクリームサワー。
これ激ウマで滞在中数回食べました。

170716 (22)_R


明日から本格的に高度順応していくので早々に寝ました。。。



次回、高度順応開始は、ここをクリック




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プロフィール

かたやん

Author:かたやん
障がいを理由にあきらめたくない!元バイクレーサーが次に選んだ挑戦!

出身地:兵庫県
趣味:登山、スキューバダイビング、旅行、釣り
仕事:経理事務

19歳の時、バイク事故を起こし、10日間意識不明の重体になりました。
奇跡的に意識は取り戻しましたが、主治医からは「左上半身は二度と動かない、右下半身は完全には曲がらない」と絶望的。

毎日、否定的に生きる私を変えたのは、病院で出会った小学生でした。
その小学生から『現実を受け入れて、最善の方法を選んで今を生きる』ことを教えられ、過酷なリハビリを決意。

度重なる手術と過酷なリハビリ末、奇跡が起き、事故から3年後、障がい者となりながらもバイクレースに復活。
そして、レースに参戦すること7年。
『障がい者でも表彰台に立つ。カラー2ページで特集される』
この2つの夢を叶えて引退。

引退後、仲間と登った槍ヶ岳(日本No.5:3,180m)登頂をきっかけに登山を開始。
事故から21年、腰の骨を左腕に移植するなど手術した回数は29回にもなりました。(2016年現在)

登山は私にとって簡単なスポーツではありません。
しかし、私が限界に挑戦する姿が、壁を越えようとしている人(特に障がいを持っている子供たち)に希望を与えていると知ったから私の挑戦には”意味がある!”そう思って、いろいろなことに挑戦を続けています。

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