穂高は遠かった・・・。

9月に予定している剱岳登山に向けて,調整と体力作りを兼ねた穂高縦走
天気予報は雨・・・。
でも,きっと晴れるっていう根拠のない期待?自信?を持って行ってきた~。

朝6時ごろ,河童橋から見る穂高には厚い雲・・・。

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2年ぶりに見る風景には”涼”って言葉がぴったり!

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のんびり歩いて明神に着いた時


「一緒に写真撮りませんか?」



「ザック背負わせてくださいっ!w」


って,声を掛けてきたみちと,まりちゃん!

上高地のバスターミナルで支度している時に隣にいた女子!

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たまたま通りかかったおじさんに写真撮るのを頼んだら,

”カシャカシャ・・・・・・・”

スマホの操作に慣れていなくて連写にっ!!
って,何枚撮るねん!!w
愛嬌たっぷりのおじさんのおかげでみんないい顔してます!w

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その後,本気で穂高を目指します。

まずは横尾に到着。

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以前,槍ヶ岳を目指したときに泊まった山小屋(お風呂付)もここにあります。
槍ヶ岳のこと  ←クリックしてね!

料理もおいしいのでぜひ泊まってみてください。

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橋を渡って,屏風の頭を周りこむように進みます。

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しばらく進むとすぐに雨脚が強くなってきました。

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横尾から約1時間。

この橋を渡ると登りが続きます~。

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雨脚はさらに強くなり,雪渓も出始めました。
てか,出発前から足が痛い・・・。
そして,腰がめちゃくちゃ痛い・・・。

3月に実施したオペでは腸骨の一部を切除したんやけど,その時に腰と大腿骨の骨格筋の一部にもメスが入っているのでその影響。。。
さすがにキツイ・・・。(笑)

オペの様子 ←ここをクリック^^

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歩きにくいし,途中でアイゼンを履こうかと思ったけど,そんな気力もなく目の前に見える”涸沢ヒュッテ”に向かいました。

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振り返るとこんな感じ^^

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14時前。涸沢ヒュッテに到着。

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山小屋の情報では,北穂へのルートが変わる?そうです。

おととい北穂で2名の方が亡くなっていることもあり,この悪天候無理をせず今回はここ(約2,340m)までにしました。
※以前のおれならそんなことも顧みず先へ進んでいたと思うけど,大人になりましたww

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さて,登山のもう一つの楽しみはこれ!!

お昼ご飯は服部シェフお勧めのグリーンカレー東京拉麺

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このカレーにはナスも入っていてめちゃくちゃうまい!!
次も絶対もってこよう!と,思える一品でした。

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予定では,北穂でテント泊の予定やったけど断念したので,涸沢でテントを張るか,横尾まで降りてテントを張るか?
悩んだ末,横尾まで下ることにしました。
夜空も見れないし,ここに留まる理由もなくなったんで・・・。


穂高縦走を断念したことで時間に余裕ができたので小屋の利用者の人たちと団らん。w
おいしそうなホルモン鍋を食べようと用意していたおじさんを撮らせてもらったら,

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「くち開けてみなっ!w」




って,これを放り込んでくれたのはこれっ!ww

うまかった~っ!

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15時過ぎ。下山開始。

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結局,雨の中,テントを張るのが面倒になったので,横尾ではテントを張らず上高地まで行くことに。
上高地のバスターミナルに着いたのは20時過ぎ・・・。
バスターミナルの屋根の下にテントを張って寝ました。zzzz

で,起きたらこれっ!!
めちゃくちゃ天気いいやん!!!

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くやしいから,ぜ~~~ったいリベンジっ!!!
※↓これめちゃくちゃおいしいから飲んでみてねっ!

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プロフィール

かたやん

Author:かたやん
障がいを理由にあきらめたくない!元バイクレーサーが次に選んだ挑戦!

出身地:兵庫県
趣味:登山、スキューバダイビング、旅行、釣り
仕事:経理事務

19歳の時、バイク事故を起こし、10日間意識不明の重体になりました。
奇跡的に意識は取り戻しましたが、主治医からは「左上半身は二度と動かない、右下半身は完全には曲がらない」と絶望的。

毎日、否定的に生きる私を変えたのは、病院で出会った小学生でした。
その小学生から『現実を受け入れて、最善の方法を選んで今を生きる』ことを教えられ、過酷なリハビリを決意。

度重なる手術と過酷なリハビリ末、奇跡が起き、事故から3年後、障がい者となりながらもバイクレースに復活。
そして、レースに参戦すること7年。
『障がい者でも表彰台に立つ。カラー2ページで特集される』
この2つの夢を叶えて引退。

引退後、仲間と登った槍ヶ岳(日本No.5:3,180m)登頂をきっかけに登山を開始。
事故から21年、腰の骨を左腕に移植するなど手術した回数は29回にもなりました。(2016年現在)

登山は私にとって簡単なスポーツではありません。
しかし、私が限界に挑戦する姿が、壁を越えようとしている人(特に障がいを持っている子供たち)に希望を与えていると知ったから私の挑戦には”意味がある!”そう思って、いろいろなことに挑戦を続けています。

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