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クーヒ・ガルモ準備スタート

※クーヒ・ガルモに向けた準備から読まれる方はこのまま読み進めていただけるといいのですが、30日の遠征記録なので記事が長いです。なので、早く読みたいって方は、目次リンクから読んでください。

41ヶ国目キルギス入り・・・キルギス入り初日からの記事。

6日目ユーヒナ峰・・・5,100m峰で高度順応した記事。

12日目C3で高度順応・・・6,100mで高度順応した記事。

17日目サミットプッシュ・・・サミットプッシュした記事です。




スイスから帰国して休む暇なく、7,000m越えの登山に向けた準備が始まった。

向かうのは、キルギス共和国にあるレーニン・ピーク(7,134m)
現在は、クーヒ・ガルモ山と改名されているらしい。


7.jpg
▲ベースキャンプ(BC)から見るクーヒ・ガルモhttps://kac.centralasia.kg/ja/kac/


クーヒ・ガルモ(7,134m)は、キルギス共和国とタジキスタンとの国境に聳えるパーミル・ザ・アライ山脈最高峰で、キルギス側から比較的アクセスしやすく、天候の落ち着く夏期はベースキャンプ(BC)が整備されるため、高所登山の入門、8,000m峰への高所順応として最適だそうです。



そもそも、7,000m峰に入門とかあるのか?(笑)



7,000mを越えるにも関わらず、技術的にも登りやすい山。

しかし、クレバス帯の通過、高度順応、雪崩予知、雪山登山、高所登山などの経験は必須で細心の注意が必要です。


高所登山、クレバス、氷河など日本にはない要素があるものの、積雪期の南八ヶ岳、冬期富士山相当の技術で挑戦することが可能だそうです。
※この情報は鵜呑みにできません。また、厳密には日本にも氷河があります。剱岳など氷河認定されている場所はあるけど、あんなのは氷河じゃないです。規模も形体も全く違います。





高所登山のステップアップに最適なクーヒ・ガルモ。
どんな山なのか、わくわくします。





妥当な路線は??


・ 乗り継ぎ回数、移動時間を極力減らす。
※減らすことで登山に使用できる時間が増えるので当然のことですね。会社員は休暇が限られているのです。

・ 航空券の料金が安く、且つ、安全性の高い航空会社を探す。目安としては往復15万以内で探す。
※キルギスの首都はビシュケク(マナス国際空港:FRU)。クーヒ・ガルモへの最寄りはオシ(オシ空港:OSS)。

ほとんどの路線は、各国を経由してキルギス共和国の首都ビシュケクに到着します。
しかし、ビシュケクからオシまで国内線で移動した場合、キルギス国内便の荷物制限は15kg。
それ以上は1kg単位で追加料金が発生するらしいので、オシまで直接行けるフライトを探す必要があります。

・ 数ある航空会社の中で、日本(関空) - キルギス(オシ)を結ぶ一番適した航空会社は ロシアのS7航空会社と思います。
この航空会社はJALと同じワンワールドですが、なぜかスターアライアンスとのコードシェアもありました。




キルギスってどこ?経路は?


IMG_2218.jpg
▲ロシア経由キルギス行き(2018.5月時点)

見て分かる通り、ロシア経由ということはロシアVISAが必要。通常の観光ビザね。
Vladivostok(ウラジオストク:VVO)だけなら電子ビザ(ここをクリック)だけ取得すればいいけど、おれはNovosibirsk(ノヴォシビルスク)も経由するので、電子ビザでは不十分です。
というのも、電子ビザは出入国がウラジオストクに限られるのです。
なので大使館で通過ビザを取得します。


ロシアへの滞在が(空路による入国で)72時間以内の場合は、通過ビザの取得で十分です。
ビザの種類は、シングル、ダブルのみでマルチはありません。
シングルビザは1回の入国が可能、ダブルビザの場合は1度の申請で2回の入国が可能となります。
つまり、復路もロシアを経由して帰るならダブルビザが必要です。

ロシア国内で乗り換えて、短時間(3日以内)の観光を楽しむ場合は通過ビザが便利☆


通過ビザの取得方法は後ほど詳しく紹介します!



ロシア 観光VISAの取得方法は、ここをクリックして、ロシアVISAを個人で取得する方法を見てください。




次回、入山に必要なことはここをクリック。



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プロフィール

かたやん

Author:かたやん
障がいを理由にあきらめたくない!元バイクレーサーが次に選んだ挑戦!

出身地:兵庫県
趣味:登山、スキューバダイビング、旅行、釣り
仕事:経理事務

19歳の時、バイク事故を起こし、10日間意識不明の重体になりました。
奇跡的に意識は取り戻しましたが、主治医からは「左上半身は二度と動かない、右下半身は完全には曲がらない」と絶望的。

毎日、否定的に生きる私を変えたのは、病院で出会った小学生でした。
その小学生から『現実を受け入れて、最善の方法を選んで今を生きる』ことを教えられ、過酷なリハビリを決意。

度重なる手術と過酷なリハビリ末、奇跡が起き、事故から3年後、障がい者となりながらもバイクレースに復活。
そして、レースに参戦すること7年。
『障がい者でも表彰台に立つ。カラー2ページで特集される』
この2つの夢を叶えて引退。

引退後、仲間と登った槍ヶ岳(日本No.5:3,180m)登頂をきっかけに登山を開始。
事故から21年、腰の骨を左腕に移植するなど手術した回数は29回にもなりました。(2016年現在)

登山は私にとって簡単なスポーツではありません。
しかし、私が限界に挑戦する姿が、壁を越えようとしている人(特に障がいを持っている子供たち)に希望を与えていると知ったから私の挑戦には”意味がある!”そう思って、いろいろなことに挑戦を続けています。

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