エイブルースに行く方法 その2

前回、エイブルースにいく方法 その1は←をクリック。



やっとやっとやっとエイブルースが近づいてきました。




★ナリチク(Nalchik)空港からテルスコル(Terskol)へ行く方法

ナリチク空港からバス・タクシーを利用できます。

テルスコルまでは乗合ミニバス(or乗合バン)が1日2往復あるそうですが、夏と冬の繁忙期のみだそうです。


てかてか繁忙期っていつやねん・・・(*・`ω´・)


それ以外の季節は運転手込みで貸しきらないとだめらしい・・・。
時刻など不明なので現地で情報を入手次第更新します。

※(バス会社名、時刻表、値段ともに不明・・・後ほど更新。。。



ところがっ!!



いろいろ調べているとわかった事実・・・


それはバスに乗ればテルスコルへ行けるわけではないのです・・・


まだまだ先は長いですが、1つずつ紹介します。
やるべきことは全部で3つ・・・

ELBRUS PERMITSを申請する方法。
↑詳しくはこのサイトを見てください。


①国境地域への入域申請書発行

エイブルース地方はロシアとジョージアの国境地帯で外国人はどの地域にも行くにも許可が必要です。
ナリチク空港の前にある国境警備隊の軍事本部(住所:Kabardinskaya street 192)で申請を行えますが、申請時間は、9~13:00。必要なものはロシアVISA、パスポート、ルート図


②国立公園許可書(エイブルース登山申請)

エイブルース町にある国立公園事務所で Prielbrusie国立公園への入域許可を得る必要があります。
登山許可証は1人あたり約25EURO)。
AzauとKrugozorスキーリフトステーションで国立公園のレンジャーからも購入できるそうです。


③地方警察での登録

外国人はVisaとPassportを地方警察に登録する必要があります。
現在はテレスコル町の郵便局でも登録することが可能です。
料金は1人あたり240Rubに加えて、地域に滞在する日数×2Rubです。


と、やらなければいけないことがたくさん。


さすがロシアっ!!


こんなことを現地で対応していたら日数が足りないってことで問い合わせました。


現地にっ!!(-。-)y-゜゜゜
で、調べた内容は以下。
※海外では状況変わることなんて頻繁に起こるので自己責任で!それが嫌なら高いお金払ってツアーで参加してくださいね。


・エイルブース自然保護区ではテルスコルからバレルス小屋を経由するコースに限り、国境警備隊の許可は必要ない。

・エイブルースが属している保護区に立ち入るための許可が必要。費用は滞在1日あたり200ルーブル(400円)。

・ロシア民間防衛問題・非常事態・自然災害復旧省への申請は任意。
但し、単身登山の場合、遭難や行方不明で捜索や救出が必要になったときのために登山計画を提出して申請を行うほうがよい。

・ナリチク空港からテルスコルへ移動する途中、保護区の管理事務所に立ち寄る必要がある。


ナリチク⇒テルスコル
▲赤丸印の場所がエイブルースです。



★ロシアで拠点にする宿は?


<モスクワ>
宿名: Hostel Grant's
住所: Maliy Zlatoustinsky Pereulok 2,Basmanny,101000
料金: 1泊:1,100RUB(約2,200円)
空港からのアクセス:
タクシー1,600RUB(3,200円)、または、アエロエクスプレス450RUB(約900円)+地下鉄50RUB(約100円)。
ナポレオンホステルと同じ入り口のビルで3F。

<テルスコル>
宿名: Virag
住所: Polyana Azau,Terskol,361605
料金: 1泊:1,600RUB(約3,200円)
空港からのアクセス:タクシーで約2時間。料金は約5,000円。




次回、は、←をクリック。

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プロフィール

かたやん

Author:かたやん
障がいを理由にあきらめたくない!元バイクレーサーが次に選んだ挑戦!

出身地:兵庫県
趣味:登山、スキューバダイビング、旅行、釣り
仕事:経理事務

19歳の時、バイク事故を起こし、10日間意識不明の重体になりました。
奇跡的に意識は取り戻しましたが、主治医からは「左上半身は二度と動かない、右下半身は完全には曲がらない」と絶望的。

毎日、否定的に生きる私を変えたのは、病院で出会った小学生でした。
その小学生から『現実を受け入れて、最善の方法を選んで今を生きる』ことを教えられ、過酷なリハビリを決意。

度重なる手術と過酷なリハビリ末、奇跡が起き、事故から3年後、障がい者となりながらもバイクレースに復活。
そして、レースに参戦すること7年。
『障がい者でも表彰台に立つ。カラー2ページで特集される』
この2つの夢を叶えて引退。

引退後、仲間と登った槍ヶ岳(日本No.5:3,180m)登頂をきっかけに登山を開始。
事故から21年、腰の骨を左腕に移植するなど手術した回数は29回にもなりました。(2016年現在)

登山は私にとって簡単なスポーツではありません。
しかし、私が限界に挑戦する姿が、壁を越えようとしている人(特に障がいを持っている子供たち)に希望を与えていると知ったから私の挑戦には”意味がある!”そう思って、いろいろなことに挑戦を続けています。

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