剱岳 北方稜線リベンジ

2016年番外編として挑戦した剱岳北方稜線。
昨年は悪天候が続く予報となり已む無く断念したのですが、今年、リベンジしてきました。
今年の初日も雨でしたが、昼過ぎには雨も止む予報だったので入山。
室堂から劔澤小屋、真砂沢ロッジを抜け剣沢を二股吊り橋に向けて進みます。


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▲一瞬だけ雨が止んだけど剱岳は雲の中



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▲真砂沢もこんな感じ


二股吊り橋までは予定より約2時間程度早く到着したのですが、仙人峠までの仙人新道の急登は疲れました。

予報も外れ一日中雨で写真もありません。

テントを持参していたのですが、この雨の中テントを出すのも嫌なので池の平小屋に泊まろうかと思っていたのですが、仙人峠を通過してすぐに看板が!

『本日、予約していない方宿泊できません』


ちーーん


ダメもとで聞いたらダメでした(笑)



翌朝、夜中までの大雨が嘘のように澄み渡っていました。
裏剣、八峰のシルエットが素晴らしすぎます。

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そうそうに支度を開始したのですが、昨夜の雨の影響で支度に手間取り、出発したのは一番最後の6時でした。

池の平小屋から小窓雪渓の取り付きまではアップダウンの無いトラバース道ですが、一部雪渓までキレ落ちているので注意が必要です。



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▲雪渓取り付きでアイゼンを装着、小窓のコルまで雪渓を直登します。

雪渓終点の小窓のコル辺りで流れている水場が最後です。
ここで補充しておかないと後々辛いです。

小窓のコルから小窓の王コルまでうっすらと踏み後が残っているので迷わないと思います。
また、よく耳にする短い雪渓は消えていました。


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▲黒い大岩から小窓の王コルまで150mほど上がるのですが、雷鳥の群れに一瞬心が和みました。

小窓の王を馬場島、早月側に乗越すと”発射台”と呼ばれるガレたバンドです。
ここを30mほど下ると三の窓です。ここはテントも張れる場所がありました。


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▲池ノ谷ガリーから見た発射台

発射台を下ると、有名な”池ノ谷ガリー”です。

壁です・・・


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▲小窓の王コルからみた池ノ谷ガリー

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▲ここの手前もかなり下ってます


本当にガレていて、少し踏むとガラガラと崩れます。荷物も重いし尚更なのでしょうか。
下に登山者も居るので自分が落石を起こさないようにめちゃちゃ神経を使いました。


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▲ガレ場はこんな感じ


劔岳本邦側から抜けてくる登山者も上から降りてくるときに石を落としてくるので本当に神経使いますが、比較的進行方向左側が比較的安定していました。

池ノ谷乗越に着くと、チンネ・八つ峰を登っているクライマーが見えました。
池ノ谷乗越から池ノ谷尾根の頭まで急峻な岩壁を登るのですが、私はクラックに入ってしまいました。


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▲クラック右側にホールドやステップがたくさんありました。



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▲池ノ谷尾根の頭から見たクライマー。分かりますか??

池ノ谷尾根の頭から目的地の剱岳本邦が見えました。
テントが2張りほど張れるスペースもあります。

小さな双耳峰を抜けると、ピッケルが差してあり、慰霊盤が埋め込まれていました。

長次郎谷側にルートを取り、長次郎の頭を巻きながら進むと長次郎のコルです。


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▲長次郎のコルからの景色

ここまで来たら剱岳はもうすぐ、稜線通しで山頂まで登り上げるだけです。

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そして、剱岳山頂に到着。


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山頂は貸切でした。

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雲もガスもなく室堂や富山市内、遥か彼方には白山まで一望でした。

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▲雲海


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▲夕日と雲海


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▲一般道からの剱岳


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▲薬師岳まで見えました

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プロフィール

かたやん

Author:かたやん
障がいを理由にあきらめたくない!元バイクレーサーが次に選んだ挑戦!

出身地:兵庫県
趣味:登山、スキューバダイビング、旅行、釣り
仕事:経理事務

19歳の時、バイク事故を起こし、10日間意識不明の重体になりました。
奇跡的に意識は取り戻しましたが、主治医からは「左上半身は二度と動かない、右下半身は完全には曲がらない」と絶望的。

毎日、否定的に生きる私を変えたのは、病院で出会った小学生でした。
その小学生から『現実を受け入れて、最善の方法を選んで今を生きる』ことを教えられ、過酷なリハビリを決意。

度重なる手術と過酷なリハビリ末、奇跡が起き、事故から3年後、障がい者となりながらもバイクレースに復活。
そして、レースに参戦すること7年。
『障がい者でも表彰台に立つ。カラー2ページで特集される』
この2つの夢を叶えて引退。

引退後、仲間と登った槍ヶ岳(日本No.5:3,180m)登頂をきっかけに登山を開始。
事故から21年、腰の骨を左腕に移植するなど手術した回数は29回にもなりました。(2016年現在)

登山は私にとって簡単なスポーツではありません。
しかし、私が限界に挑戦する姿が、壁を越えようとしている人(特に障がいを持っている子供たち)に希望を与えていると知ったから私の挑戦には”意味がある!”そう思って、いろいろなことに挑戦を続けています。

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